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ワンルーム

あの狭い部屋のドアには、硬いもので殴ったような凹みがあったけれど、それを口にして確かめたことはない。その前で脱がれた靴は揃えられた回数の方が少なくて、いつも両足バラバラに飛び散って、台所には油の黒と歯磨き粉の白がへばりついていた。私達は生きていくことのしんどさを胃の中で破壊しながら、時々それを部屋中に撒き散らした。靴も油もミントもしんどさも、同じように、当たり前に。鉄製のドアからベランダのカーテンまではおおよそ三メートル程。私達はその中であらゆるものに埋まりながら眠った。息苦しく孤独だった。冬は特に冷たく、雨の落ちる音が響く。時々、どうしようもなく満ち足りることもあった。そんな時、部屋が狭くて良かったとさえ思ったものだ。君が必要以上に近くにいるから。
床に直接積み重ねられた文庫本が、時々眼を開けて、私達を見ていた。レコードは体を歪ませた。棚から溢れ出たそれらは、私達を主人として敬い、気まぐれに開かれるだけで溢れんばかりに言葉を零した。私は君達をコンピュータの中へ収めたりしないからね、と泣く。黒い埃と白い埃とが涙を順番に乾かす。
君が出ていく時、外の明かりが部屋の中へ入って逆光で君が真っ黒になる。寂しかった。なんて寂しく悲しいのだろうと、次はいつこの部屋にやって来るのか問いたくなる。なるだけで、実際に問うたことはなく、髭の生え揃った柔らかな影が、厚みと高さのある爽やかな境界線に変わった時も私はそのことに何も触れず、ただあの部屋の秘密を守り通す義務を果たした。

2018.2.3

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