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来世の婚姻届


#あなたに出会えてよかった

このハッシュタグを見て真っ先に両親が浮かんだ。

この2人の子でよかったなと思った話。

少し長くなるけれど、記録のためにも書いておきたい。


ある日、家業を手伝ってくれている叔母から面白い話を聞いた。

若い頃の父がどれだけ母に迷惑をかけてきたかと言う話だった。


父 元漁師の九州男児
若い頃の破天荒さは今でもネタに困らないほど。
キラキラした目で率先して動物を拾ってくる人
子煩悩で少年の心のままの人。

現在) 孫曰く、頭から赤ちゃんの匂いがするらしい


母 元美容師の火の国おんな
家計を助けるため中卒で美容師住み込み見習いとなる。
儚げだが芯のある百合の花のような人
父が拾ってくる色んな動物をニコニコして世話する人

現在) おならをして うふふと誤魔化す可愛いおばあちゃん。


「実家に帰らせてもらいます事件があったらしいね」


昼に聞いた叔母の話を晩御飯を食べながら揶揄うと

「あぁ、そんかこつもあったたいねえ」

2人して笑いながら遠い目をする。



ろくでなしの父

父は漁から帰るとそのまま飲みに行き、たまに早く帰れば母の稼ぎを持ってパチンコに行くような男だった。

その日、いつものように頭にねじリタオル、くわえタバコでまだ暗い沖にでた。昨日儲けたパチンコの事で上機嫌だった。


子の将来を憂う母

母は身重だった。ちょうど私がお腹にいたらしい。
船の音が遠ざかる。
今しかない。書き置きをしたため、
「ご迷惑をおかけします」と叔母にだけ電話をかけた。


身の回りのものを手早くまとめ、
まだ幼い姉を連れ駅に向かうタクシーをよんだ。



「あれは今でも不思議ぞ。滅多にない事やったけん」



沖に出て少し経つと船のエンジン音がおかしなことに気づいた父はそのまま港に引き返すことにした。
今までこんな事はなかったので気にかかる。


丁度その頃タクシーで駅に向かっていた母は何故か港に戻って来る父の船を見て慌てていた。

「なんでバレたかなー?と思ったもん 笑」

このままでは始発を待つまでの間、連れ戻されてしまう。

そう思って母は駅の近くで唯一、早朝に開いてるラーメン屋に

長い時間身を隠した。


父が港に着くと、心配そうに叔母が待ち構えていて


「あぁ、道っちゃん!良かった!まだ間に合うかもしれんけん、早よ、美代ちゃんば迎えにいけー」

そう言われて父は悟り、慌てて駅へと向かった。



そろそろ始発が出る。

ラーメン屋を出て、眠たそうな幼い頃の姉の手をひき

改札の方へ歩き出すと

今まさに、慌てた様子で駅の中を探したらしい、

漁で汚れたままの長靴をはいた父が

トラックに乗り込もうとしていた。


見覚えのあるトラックに幼い姉は何も知らず
お父さん!と母の手を離れかけ出す。



「あれはほんなこつ、ドラマのごたったよ」


自分に駆け寄る幼子を見て父は

「俺ぁね。ほんなこつ自分が情けなかったぞ。情けなくて、ばってん、嬉しゅうして涙のでるとこやった。」


母も

「もう、泣けて泣けて。帰られんなと思ったもん。この子にはお父さんはこの人しかおらんとやなぉって」


そう言って老いた2人の目は今も潤む。




空気をかえるかのように、

グイッとコップのお酒を飲んで父が

「あの時、帰っとったならお母さんは幸せやったとにねえ~残念やったねえ~ 笑」

冗談っぽく笑う。

母も調子を合わせて芝居がかった口調で

「いいえ~私はお父さんと一緒にいてしあわせよぉ~」

などと言う。


2人ともおじいちゃんとおばあちゃんなのに仲良しだ。

「あ~はいはい。わかったわかった。あとは、2人で楽しいご飯してください。私はこの辺で」



急にイタズラっぽく父が歯並びのいいえくぼのある笑顔を見せて

「俺ぁね、もう書いとるぞ。その引き出し開けてん」

という。


言われた引き出しを開けるとそこには1枚の古い紙が入っていた。



来世の婚姻届



広げるとそれは婚姻届で、父の名前が書いてあり判も押してある。


「俺が死ぬ時はそれ持っていくけん。」

「来世の婚姻届ぞ。次もお母さんと一緒になるち決めとる」


そう言ってまたお酒をグイッと飲んだ。



(迂闊にも感動して言葉が出ない)



すると笑いながら横から母が

「私はまだ書いとらんけどね♪」


と父のグラスにビールを注いだ。









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