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『偶然と想像』 にコロサレル!

たくさんの素晴らしい邦画が生まれた2021年で、一際輝いていたのが濱口竜介。
世界三大国際映画祭でも『ドライブ・マイ・カー』がカンヌで脚本賞(他に独立部門3賞受賞)、
今作『偶然と想像』がベルリンで銀熊賞(審査員グランプリ ※金熊賞に次ぐ賞)を受賞とまさに飛ぶ鳥を落とす勢いでした。
おそらく濱口竜介は是枝裕和に次いでこれからの日本映画界を背負っていく存在になると思います。
時間は経ってしまいましたが3/4から全国で拡大公開という事で、これを機に今回は『偶然と想像』について書きたいと思います。

※ 7つからなる短編集?以下、本編のネタバレを含みますのでご注意ください。

濱口竜介について。

1978年神奈川県生まれ。2008年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され話題を呼ぶ。その後は日韓共同制作『THE DEPTHS』(10)、東日本大震災の被害を受けた人々の「語り」をとらえた『なみのおと』、『なみのこえ』、東北地方の民話の記録『うたうひと』(11~13/共同監督:酒井耕)、4時間を超える虚構と現実が交錯する意欲作『親密さ』(12)などを監督。15年、映像ワークショップに参加した演技経験のない4人の女性を主演に起用した5時間17分の長編『ハッピーアワー』が、ロカルノ、ナント、シンガポールほか国際映画祭で主要賞を受賞。商業映画デビュー作『寝ても覚めても』(18)がカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出され、共同脚本を手掛けた黒沢清監督作『スパイの妻〈劇場版〉』(20)ではヴェネチア国際映画祭銀獅子賞に輝く。本作『偶然と想像』は第71回ベルリン国際映画祭にて銀熊賞(審査員グランプリ)受賞。一足先に劇場公開された『ドライブ・マイ・カー』(21)では、第74回カンヌ国際映画祭にて脚本賞に加え、国際映画批評家連盟賞、AFCAE賞、エキュメニカル審査員賞も同時受賞。今、世界から最も注目される映画作家の一人として躍進を続けている。 (生年月日:1978年12月16日、現在42歳)
ー『偶然と想像』公式HPより抜粋


スクリーン外でも。

濱口竜介は震災後に東北を追った連続モノのドキュメンタリーを撮ったり、4時間超の映画を作ったり、ワークショップから映画を作ったり、とても興味深いクリエイターです。
ジョン・カサヴェテスから影響を受けているらしいですね。

そんな彼が今回映画の内側以外でも挑戦している事があって、それが映画館での上映と同時に配信プラットフォーム“Reel(リール)”にて配信していた事。(3/5現在、配信はしていません。)
初めはメジャー大作ではないものの、カンヌ・ベルリンと賞を取って世界での評価がうなぎ上りの濱口作品としてはあまりにも上映館が少なすぎると違和感がありました。
以下の動画内で映画評論家の中井圭さんが解説してくれているのですが、この違和感の正体こそがReelでの配信。
なぜ配信を強化したいかと言うと、この配信で得た収益を全国の映画館に均等に分配するという仕組みなんですね。
これは一昨年“仮説の映画館”でも行っていた試みでした。

コロナ禍前から地方の映画館は非常に厳しい状況が続いていて、それはコロナ禍になりさらに加速したという現実があります。
例え都会のシネコンにお客さんは戻ろうとも地方のそれはまた別物。
そんな中でなんとか地方の映画館にも光を取り戻す実験的な取り組みとして濱口監督が仕掛けたのがこの配信でした。

<矢田部中井の映画忘年会2021 ~今年のベストを語り合う>


さらに俳優へのギャラを従来の一律で固定(最初に額を決める)にするのではなく、歩合(興行収入などにより決まる)も含めて役者側が選択できるようにして、柔軟性を生み出す試みも行っています。

あくまでこれらの試作はまだ道の途中で、まだまだこれからたくさん議論しながら試行錯誤を繰り返していかなければいけません。
しかしスクリーンの中だけではなくスクリーンの外でも濱口竜介はチャレンジャーであり革命家である事が良くわかるエピソードだと思います。


7つからなる短編集?

濱口監督のインタビュー記事によると、今回の『偶然と想像』は全部で7つあるうちの最初の3つをまとめた映画らしいです。
監督自身がこの作品は入門編だと話していたので、難攻不落の濱口作品を初めて鑑賞するにはベストかもしれません。

短編という日本では興行をたてるのが難しい作品を集めて一つの長編映画にパッケージングする事で、短編でしか描けない、しかし単体よりもさらに力強い物語へと進化させています。
これは本人も話す通りフランスの映画監督エリック・ロメールからの影響が非常に大きいように感じます。

濱口竜介特有の感情を排除した平坦な会話、でもそのセリフは限りなく詩的で演劇的であるのに、どこかすぐ隣で起きているようなリアルがそこには確かに存在していて、誰にも真似できない彼だけの世界が眩いばかりにスクリーンに広がっています。
彼の演出術に関しては本人の著書『カメラの前で演じること』で存分に味わう事ができるので今回はここらへんで終わりにしまして、各章の観賞後に感じた事をなるべく感じたままにお届けします。


【第一話】 魔法(よりもっと不確か)

“魔法”とか“奇跡”みたいな言葉の浮遊感といったらない。
不用意に使うとその人の人間性を根底から揺るがしかねない。
そして物語にとっては一気に低評価へと落としてしまう可能性を含んでいる危険な言葉でもある。
しかしまたその一方で最高のスパイスになる可能性も含んでいる。
魔法。
これは本当に全てが魔法のような物語。
芽衣子がつぐみとタクシーに乗った事も。
つぐみが最近出会った運命の相手・和明の話をした事も。
和明と芽衣子が昔付き合ってた事も。
現代の世界では偶然と呼ばれる魔法。
芽衣子は自分の感情なんて魔法よりももっと不確かだと言った。
偶然よりももっと不確か。
想像してみる。
芽衣子が和明とつぐみの間に割り込んでみる事を。
しかし現実の芽衣子はそうはしなかった。
そして芽衣子は再び生まれ変わろうとしている渋谷の街の空を見つめる。
魔法よりもっと不確か。

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【第二話】 扉は開けたままで

大学教授の瀬川は常に研究室の扉を開けている。今や世の中に溢れるハラスメントから自分の身を守るために。
しかしその行為は逆説的にどこか彼が殻に閉じこもっているように思える。
自分の世界を求めてそれ以外には怯えて過ごす日々。
そんな時に彼の前に現れるのが不倫相手の佐々木から頼まれてハニートラップを仕掛けにきた奈緒。
彼女もまた奔放な性のために自分の世界を作りそれ以外から怯えて過ごしていた。
そんな2人が言葉で絡まり合う。
そこにはフィジカルな触れ合いは必要なく、ただただ言葉で愛撫しあう。
しかしそんな官能的な関係はメールの誤送信という偶然の出来事によって呆気なく終わりを告げる。
数年後、夫と離婚して瀬川とも音信不通の中で奈緒は佐々木と偶然再会する。
初めは乗り気じゃなかった奈緒のスイッチが急に切り替わり、彼女は佐々木との距離を再び縮める。
彼女はこの後の人生にどんな想像を巡らせていたのだろう。

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【第三話】 もう一度

この間、同級生がSNSにアップしていた写真を見て驚愕した。
そこにいた彼女の娘は昔の彼女にそっくりだった。
まるで時間が巻き戻ったような、そんな感覚に襲われた事を観終わった後にふと思い出した。

初めにインターネットが使えない世界=現在のSNSなどによる双方向監視社会からの分離という条件をかませている。
昔のように電話や手紙でしか連絡が取れない社会。
能動的に自ら動かないと人とコミュニケーションが取れない社会。
20年ぶりの同窓会のため帰郷した夏子は同窓会には来ていなかった友人と街で偶然すれ違う。
夏子は懐かしくなり昔話に花を咲かせるが、話が進むうちに突然「自分は全くの別人で人違いである」と友人は言い放つ。
思い出というのはあまりにも自己中心的だ。
自分が思うようにいくらでも変化していく。無意識的に、もしくは意識的に。
想像の世界ではどこまでも自由だ。過去も未来も現在さえも。
偶然から出会い、勘違いしていた相手をお互いに想像して演じる2人。
そこには真実なんてものよりも、もっと濃密な時間が存在していた。
偶然と想像の最高峰を観せてもらえた気がした。

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偶然と想像とその先。

3話を通じて“偶然”と“想像”の様々な形を観せてもらったけども、もう一つだけ大切な要素を付け加えさせてもらうとそれは“余韻”。
偶然と想像を描く事で様々な人々に訪れる運命。
それは時にその人の人生を変えてしまうような幸運をもたらしたり、時には残酷にその人を突き落としたり、時にはあまり人生を左右しないけど少しだけ前向きになれたりします。
その全てにおいて最高に気持ち良い(もしくは悪い)までに響き渡る余韻。
この余韻こそが物語たちの最高のスパイスとなって、映画をただの会話劇からさらに上のステージへと昇華させているのだと感じました。

上記で書いた通り今回は全部で7つあるうちの3つを短編集として映画にしたものです。
残りの4つをどんな形で私たちに観せてくれるのか?
濱口竜介の事だからそんな単純な形ではないんじゃないかと邪推してしまいます。
ただただ楽しみに待ちたいと思います!


映画にコロサレル!

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