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忘れられない日

記憶力に自信はないが、一つ非常に印象に残っている出来事がある。

これは、私が今まで一番「他人の優しさ」を感じた、ドラマのような話。


あれは滑り止めの私大の入試の日の事。

その日、私は朝起きた瞬間から気分が悪く、 父に駅まで車で送って貰うことになった。

私の父の運転は荒い。父なりに丁寧に運転してくれたかもしれないが、残念ながら余計に気分が悪くなった状態で私は電車に乗った。

乗った電車は次の駅まで10分弱止まらない快速だった。通勤ラッシュのため座ることも出来ず、立った状態での電車の揺れは私の気分を更に悪化させた。

そして、あろうことか私は立ったままもどしてしまった。

もう、パニックである。
周りの人には幸い被害はなかったが、どうしたらいいのかわからず突っ立っていたところ、横の方が私の異変に気づいて声をかけてくれた。

制服を着ていたのもあってか、周りにいた大人たちはみんな優しかった。ティッシュを差し出してくれる人、ウェットティッシュをくれる人、「大丈夫?」と声をかけてくれる人…。しんどいのと、恥ずかしいのと、嬉しいので、気持ちはめちゃくちゃだった。

車掌さんに連絡して下さった方がいたようで、次に止まった駅で駅員さんに「降りますか?」と言われた。だが、普通の授業の日ならまだしも、今日は人生がかかった入試の日である。第一志望の大学は正直背伸びをしていて受かる確率は低かったので、その日の私大の入試はとても重要だった。

「いえ、入試があるのでこのまま乗ります」と断り、前に座っていた方が譲ってくれた席に座らせて貰ってなんとか乗り換えの駅まで耐えた。


電車を降りた後、一人の女性が声をかけてくれた。電車の中でも色々と手伝ってくれた方の中の一人だった。その女性は私にティッシュを渡し、改札まで一緒に行ってくれた。

何かお礼をと連絡先を聞いたのだが、その人は頑なに教えようとせず、引き下がらない私に対してこう言った。


「じゃあ、この先同じように困ってる人がいたら、助けてあげて」


今でも鮮明に覚えている。
私は「わかりました」と答え、もう一度お礼を言って女性と別れた。


その後また、受験する大学に通っているという別の女性が声をかけてくれて、その人は大学に行く用事があるからと、会場まで一緒に行ってくれた。

意識朦朧としながら英語の入試を受け、さすがにやばいなと思い、数学と国語は別室受験をした。正直記憶はほとんど無い。


親に迎えにきて貰い、家に帰って熱を測ると38度近くあった。ノロウィルスだった。

翌日、同じ大学の他学部の入試があったが行けるはずもなく、第一志望がダメだった私は、ゲロを吐きながらも奇跡的に合格した大学に通うこととなるのだった。


9年経った今でも、あのお姉さんのコトバをたまに思い出す。とっさにあのコトバが出てくるなんて、本当に素敵な人だ。大人になった今だからこそ余計に思う。

まだ、あのお姉さんとの約束は果たせてない。
その時がきたら、ちゃんとあの時の借りを返せるように。優しさのバトンを渡せるように。

あの日のことはずっと、忘れずにいたい。

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