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『かがみのなかのぼうや』感想メモ



小学館創作童話シリーズ10

作:ネスビット
訳:白木茂
画:中谷千代子

昭和50年発行の絵本です。
久しぶりに読んでみました。

全頁カラーで、絵がとても素敵。
詳しくは覚えていませんでしたが、なんとなく印象にありました。

【あらすじ】
主人公は、ヒルデブランドという少年。
ほら吹きな性質。
熊と闘ったとか、武勇伝を語りがち。
それが原因で、友達と喧嘩になったりする。

ある日、自分の部屋の鏡の中に顔中あざだらけ血だらけの男の子が現れて、「言ったことが何でも一日だけ本当になる」ようにしてあげるという。そのかわりそれをすると、姿かたちが鏡にうつらなくなるという。

主人公はお願いした。

自分の欲望のためについた嘘は、上手くいかない。
例えば、ケーキを食べたいから、自分の部屋にケーキを出しても、お腹が痛くなり、ケーキが食べられない。

他人のためについた嘘は、一日を超えて長続きした。
例えば、妹や母親の具合が良くなる、など。

でも、妹の眼が見えなくなる、と話したところ、妹は眼が見えなくなり、それも一日を超えて続いてしまった。

自分の部屋の鏡の中の男の子に、言ったことを現実にする力のない元の自分に戻してくれと頼む。
2回目に現れた時の鏡の中の男の子は、もう怪我は治っていた。

主人公は元の自分に戻してもらった。
妹の眼は治り、主人公もほらを吹かなくなった。

【感想】
・教訓:ほらを吹いてはいけない。ということだと思う。

・「鏡の中のぼうや」は誰?
 主人公の投影かな?挿絵では、主人公と同じ姿で描かれていた。最初の傷だらけの姿は、ほらを吹くことによって、自分の心が傷ついていることを示しているのかもしれない。2回目に見た時は治っていた。妹を治してほしいと願う、主人公の心が成長した証なのかもしれない。

 お手伝いさんもいる家に住むおぼっちゃまなのに、父親が出てこない。そのため、父親など大人の男性の投影の場合もあるかもしれない(成長した一人前の男性になるべきという教訓)。また、悪魔などの場合もあるかなと思う。

 なお、シンデレラの鏡は、男性の目線というのがもっぱらの解釈。

・鏡の中のぼうやの取引条件=鏡に姿が映らなくなることの意味は?
 ほらが一日だけ現実になる世界線で生き続けていると、人間ではなくなる、実在の人物ではなくなるという意味?

・妹とお母さんが一日を超えてホラが現実になったのは?
 妹は、いつも兄のホラをばかにせず取り合ってくれた(信じてくれた)。母は、ホラで起こった一日限りの現象を、信じてくれた。ホラを現実だと信じて疑わない心=現実として続くと言う事かな?

・頼んだら元の自分=ホラを一日だけ現実にする力のない自分に戻してくれたのは何故?
 交換条件も何もなく、お仕置きもされず、妹の眼を治し、元の自分に戻してくれた。これは悪魔だときっとあり得ない。でも、また嘘や出鱈目を言ったら、「魔法をかけに来る」と言われた。そしてぼうやが手を差し出したので、握手しようとしたら鏡が割れた。

中谷千代子さんの挿絵の別の絵本
読んでみたいです

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