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「いしかわゆき」さんの『書く習慣』が素晴らしかったので、1か月チャレンジを始めたよ!!(^▽^)/ Day16-2

おはようございます!
ほいみん です。

今日も、雲一つない冬晴れ🌞
スッキリして
気持ちがいいですね~^^

では、昨日の続き。
Day16「あなたの一番大切な人」。
母親編に参りましょう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~〜
父がグループホームに入所して以来、
広い実家にひとり。
一人で暮らし始めたときは不安でした。
いつも人に囲まれている生活だったので、
大丈夫かな…と。
たびたび顔を出すようにしてはいましたが、
仕事が忙しく間が空いてしまい、
気にはなっていたのですが…
けれど、先日、帰省した際、
前と変わらず元気な様子に
安心しました。

もしかしたら
いまが一番、自由に過ごしているかもしれませんね。
こんな言い方は何ですが
ようやく父の軛から解放され、
思う存分、自分の人生を楽しめている。
そんな気がします。

思えば、本当に長かった…
我儘な父に付き合い、
苦労の連続でしたね。
父が脱サラして東京に引っ越ししてきた年に、
私はちょうど生まれたばかり。
想像することしかできませんが…
本当に大変な日々の連続だったと思います。

当時は借家住まい。
毎月、家賃を支払わなければ追い出されてしまう。
売上が立ち、
得意先からの支払いがあるたびに、
「よかった…この家に来月も住める」
胸をなでおろしていたと、
あとあと、そう聞きました。

けれど
子ども心には
母がニコニコ笑っている記憶しかありません。
「ただいま!」
学校から帰ってくると
「お帰り~~^^」
台所から必ず返ってきたものです。

母はほぼ家にいて
父の仕事を手伝っていました。
家にいるのが当たり前。
何かの用事や買い物やなどで帰りが遅いと、
「お母さん、いつ帰ってくるの?」
不安に駆られ
父に何度も尋ねたものでした。

末っ子だったということもあり
周りから可愛がられて育ったのでしょう。
好奇心旺盛で
本当に明るい人です。

家族4人で旅行に出かけたときのこと。
宿泊先の旅館で
餅つきのイベントが行われました。
持ち前の明るさと好奇心から
母は真っ先に立候補!!
あまりに重い杵に
その場に尻餅をついてしまった母。
周りは大爆笑の渦でしたね。
シャイな私は
恥ずかしくてたまりませんでしたが…
でも常に
周りから人の輪が絶えない母でした。

同時に
自分より、周りを優先する人でもありました。
カゼで寝ている時は
マンガを買ってきてくれたり…
子どもが喜ぶようにと、
生地からこねて
ピザを作ってくれたり…
周りに対する配慮、優しさは、
今も変わることはありません。

けれど
前にも書いたように、父は酒乱。
仕事のストレスを抱え
いつものように暴れた翌日。
いつもとは違い、
母は思い詰めた様子に見えました。
不安でたまらなかった私は思わず
「ねぇ、お母さん。離婚するの?」
と尋ねたのです。
「バカねぇ、そんなことしないでしょ!」
母は珍しくムキになって否定しました。

もしかしたら、
本気で離婚を考えていたのかも…
そう考えても決しておかしくありませんでした。
(それだけ大変な父でしたから…)
でも
子どもの不安な様子を見て
自分の迷いを断ち切るためにも、
あれだけ真っ向から否定したのかもしれません。

お祝いごとがあるたびに
家族全員でレストランに食事に行くのが
恒例でしたね。
けれど
思春期になると
特に恥ずかしがりやの私は
家族と一緒に出かけるのをイヤがり、
一度、すっぽかしたことがありました。

両親、弟の3人の夕食。
さぞ、味気なかったことでしょう。
でも帰宅した母は
特に何も咎めず、
夕飯を黙って作ってくれたのです。
もちろん、言いたいことは山ほどあったに違いありません。
けれど
そっとしておいてくれたことに
どれほど救われたか、
どれだけ有難かったか、
今となっては感謝しかないのです。

今から3年前、
仕事中に、突如、母から電話が掛かってきました。
仕事の邪魔をしないように、と
必要がない限り、
連絡をしてこない母です。
何だろう?
不思議に思って電話に出たところ
医者の診察に立ち会ってほしいとのことでした。

「大腸ガン」。
それも、ステージ3。
最悪の事態も覚悟しました。
仕事終わりに
実家近くの病院まで出向くことに。
父に付き添われながら、
体力の衰えていた母は
私の肩に掴まり
グラングランと揺れながら、
お医者さんの説明を聞いていました。

手術当日。
私は仕事もそこそこに
病院に駆けつけました。
ちょうど2時間近い手術が終わったばかり。
ベッドに横たわったまま
病室に戻っていく母に
「お母さん!」
声を掛けたら
「わざわざ、ありがとう」。
駆けつけた私を
わざわざ気遣ってくれたのです。
こんな時に何を言ってるんだ!
周りより自分の心配をしてくれよ!
正直、苛立ちすら覚えたほど。
けれど、
帰りの車中、
溢れる涙を、私は抑えることができませんでした。

幸いにも手術は成功。
ステージ2と判明し、予後も順調。
いままで頑張ったご褒美として、
もっと自分のために生きなさい。
神様がそう言ってくれたのかもしれません。

いまの母は
本当に楽しそうです。
好きな人と会ってお喋りしたり…
好きなクラシックを聴きに行ったり…
周りに気兼ねせず
自分の人生を楽しんでいるように
私には見えます。

私が自由気ままに生きてきたのを見て
「私は子育てに失敗した」
前に、そう言っていましたね。
いえ、そうではありません。
自分の人生を生きるようサポートをすること。
それが、子育てのゴールだと思います。
私は「書く」ことを軸に
いま、自分の人生を生きています。
その意味で
お母さんの子育ては成功だった。
そう思うのです。

今まで、どうもありがとう。
お母さんの子どもに生まれて
本当によかった。
そう思います。
くれぐれも身体に気を付けて、
これからの人生を楽しんで。
そして
これからも宜しくお願いします。
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