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服と心〜その4〜

前回の話

世の中には、

自分の心が服に表れている人と、

自分の心が服に表れていない人がいる。

その人がイメージするその人自身と、その人が着ている服がぴったりと一致している人の場合、服はその人の心を表していると言える。
自分が表現したい心の一部が、服に表れている。

逆に、その人がイメージするその人自身と、その人が着ている服が一致していない人の場合、服はその人の心を表していない。
自分の心が服に表れていない人は、その人と服との間に、なんとなくぴったりしていない感じが醸し出され、周囲の人に違和感を感じさせる。


服が似合うということ、似合わないということ

よく、服が似合うとか、似合わないとかいう表現がなされる。


ふと思い立って、洋服屋さんで、いつもと違うスタイルの服を選んでみる。

なんだか似合わない。

けれど、何度も着ていると、自分と服が馴染んできて、似合うようになってくる。

自分が思う自分のイメージと、服がフィットしてくる。


服が似合うということ。

それは、

自分が思う自分のイメージと、服がフィットしている状態

であり、

言いかえるなら、

自分の心が服に表れている状態

とも言える。



逆に、服が似合わないというのは、

服と自分のイメージが不一致の状態

であり、

自分の心が服に表れていない状態

と言えるだろう。


前回、コメント欄で、制服について触れていただいたが、制服も、似合う人と似合わない人がいる。

バイトの制服なんかも、はじめは似合わない。

それは、自分のイメージと、制服が、不一致の状態であるということ。

けれど、そのバイト先で働く自分のイメージがついてくると、段々と自分のイメージとその制服がフィットしてきて、制服が似合うようになってくる。


学校の制服でも、新入生は制服に着られているように見えるけれど、だんだん制服と自分のイメージがフィットしてきて、上級生ともなると、完璧に制服を着こなすようになる。


服が似合うか似合わないかは、服と自分のイメージが一致しているか否か。

服と自分のイメージが不一致の状態だと、見ている人に違和感を与えることになり、周囲からすると「似合わない」という評価になる。

そして、きっと自分で自分を見ていても、違和感を感じることになり、「なんだか似合わない」という自己評価になる。


自己評価と他者評価がいつもズレる人

自分では「似合っている」と思っているけれど、他者からは「似合わない」という評価を受ける人もいるだろう。

もし、いつもそんな状態にある人は、少し前の記事で書いた「片思い」の状態でいる人である可能性があり、それを解消させるためには少し長期的なアプローチが必要になってくるように思う。

「片思い」の話については、こちらにまとめているので、少し長いけれど、お時間のある人は是非。


次回予告

次回からは、自己イメージがどのように作られるかについての話と、服と自己イメージが一致していくことの意味のようなことを書いていきたい。

お時間のある人は是非、よろしくお願いします。

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