見出し画像

PL学園硬式野球部一年(アンパンマンジュース編)

PL学園の入寮初日、PL学園野球部の伝統行事である”系列”の先輩への挨拶を僕はガチガチに緊張しながらおこなっていた。

PL学園の野球部には系列という縦の関係が存在し、一年である僕らは、二年生と三年生に一人づつ系列の先輩が存在する。早い話、一派や弟子と言ったところか。

入寮初日、二年生の系列の先輩にまず挨拶をし、寮内や硬式野球部としてのルールを叩き込まれる。あまりにそのルールが多いので僕たちは細かくノートにその内容を書きしるさなければならない。

一通り寮内の説明を二年生の系列の先輩に施してもらったのち、その二年生の系列の先輩と一緒に三年生の系列の先輩のところに挨拶に行くのだ。

その三年生の系列の先輩はベッドで横になっていた。僕が緊張した面持ちで

「PL学園硬式野球部60期生の〜です。よろしくお願いします」

と挨拶をするとその先輩は、「よろしくな」と優しく返事を返してくれてこれまた伝統である”お菓子”をその系列の先輩にいただくのだ。カントリーマム、じゃがりこ、パイの実。お菓子の内容はそんなラインナップだった。僕たちが合法的に口にして良い唯一のお菓子だった。僕は宝物を抱きかかえるようにそのお菓子たちを大事に抱え、自分のロッカーにそっとしまった。

入寮初日、僕たち一年生は先輩方にお客さまとして扱われる。先輩方は想像とは違って人当たりの良い人たちばかりだった。(二週間後までは‥)

三年生の系列の先輩に挨拶をすませた僕と、二年生の系列の先輩は僕たちの寝室に帰っていた。僕たち一年生は10人部屋で一年生と二年生の同部屋だった。部屋に戻ると僕の二年生の系列の先輩が何かをおもむろにダンボールの中からとりだした。

それは、「アンパンマンジュースのりんご味三本パック入り」だった。「これやるよ」と先輩から手渡され、僕は「いただきます」と言いながらそのアンパンマンジュースりんご味を受け取ったのだが、内心、(これはさすがにいらないな〜)と思いながら自分のロッカーの奥深くにしまったのだった。


時は流れ、入寮から1ヶ月がすぎた四月の中旬。僕たち一年生のお客様期間は終了し、PL寮生活の地獄の末端を知り始めた頃だった。入寮初日から食べ物は食堂で出される味の薄いご飯しか食べられず、飲み物は水かお茶しかのめていなかった。系列の三年生に初日にもらったあのお菓子たちは入寮1週間で全て平らげてしまった。

それから1ヶ月弱、味の濃いモノを口にしていなかった。すでに僕は限界を迎えていた。炭酸ジュースが飲みたい、カップラーメンが食べたい、ポテチが食べたい。そんなことしかもはや考えられなかった。

脳が甘いモノを求めて悲鳴をあげているなか、僕は入寮初日に二年生の系列の先輩にいただいたアンパンマンジュースりんご味の存在を思い出した。

これは飲まないなと思い込み、自分のロッカー奥深くに眠らせていたアンパンマンジュースりんご味。僕は夜中に二年生方が全員寝たのを確認し、自分のロッカーからそのアンパンマンジュースりんご味を取り出した。

すると、そのアンパンマンジュースりんご味が光り輝いていた。比喩ではなく実際に光っていたのだ。疲弊した僕の脳が見せた錯覚だとは思うが、そのときのアンパンマンジュースりんご味はその瞬間の僕の一番大事なモノだったことは間違いない。

僕はゴクッと喉をならせ、目の前にあるアンパンマンジュースりんご味三パックセットをものも数十秒で飲み干した。

世の中にこんなうまい飲み物があったのか!と僕は驚愕した。

一瞬で飲み干してしまったが、その後悔はもはやなかった。そのアンパンマンジュースに僕の心はすくわれたのだ。

ありがとうアンパンマン。。

この記事が参加している募集

#スキしてみて

526,651件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?