「モノクロの光」

第1章 構える

 スタジオに響き渡る笑い声。2020年7月、数字の2と0の風船を
持ちながら嬉しそうに記念撮影する家族達。彼らの気分を盛り上げ
ながら撮影しているのが私、カメラマンのサクラだ。
 帰宅すると、1通の葉書が届いていた。師匠のカエデからだった。
大学を卒業後、写真表現の巨匠である師匠のアシスタントで8年い
た。葉書の裏には大学時代よく撮影した山の写真が焼き付けてある。
 もう2年、先生には会っていない。情熱を傾けていたフィルム写
真も撮っていない。ふと、祖父が使っていたバルナックライカが頭
に浮かぶ。カメラには祖父の指の跡、変色した革のストラップ。そ
れを見た瞬間、これで撮ってみたい、と不思議な衝動が沸いてきた。


 山の落葉樹林の斜面に、50センチ程の細長い花茎を見つけた。白
く可憐な花弁に紫の差し色が流れるように入り、下を向いて俯いて
咲くレンゲショウマ。その姿が今の自分と重なり、カメラを構えフ
ァインダーを覗く。すると、花弁の上に人形のようなものが見える。
 ファインダーから目を離し、花を見ると何も見えない。もう一度
覗きピントを合わせる。栗毛のマッシュルームカットに小さい瞳の
人形が目をぱちくりさせ、目が合う。思わずシャッターを切った瞬
間、グラリと景色がゆがみ立ちくらみを起こす。目を開けると、山
は色彩のない白と黒だけの世界に様変わりしていた。

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