雀ゴロ日記⑦ テンパイタバコ
雀荘メンバーは、店のお客さんで誰が1番強いかという話が好きだったりする。もちろんメンバーで誰が1番強いかも話すが、メンバーの成績は常に一覧表示されていたので、話さなくても数字で結果が出てしまっている。
常連のTさんというお客さんがいた。歳は40代後半ぐらいだろうか。誰が強いか話していると、必ずTさんの名前も挙がる。
Tさんは若い頃にメンバーをやっていたそうで、歳の割に若い麻雀を打つ。手組みも効率的で、遠いところからも積極的に仕掛け、なおかつ守備も堅い。欠点らしい欠点は見当たらなかった。
自分もTさんも麻雀に自信を持っていたので、お互いに意識する存在だった。
ある日の同卓中にTさんのドラポンが入った。ダブ東ドラ3の強烈な仕掛けだ。自分はすでにテンパイだと思っていたのでオリ気味に打っていると、Tさんが大きな声で「チー!」と言って、左端からマンズの246を倒して3mを鳴いた。
普通ならマンズの下は無さそうに見えるが、相手がTさんだと胡散臭い。ツモアガったTさんの手はこうだった。
カン5mテンパイからの食い伸ばしだ。
「Tさん。フリーなら普通に理牌してても誰も見てませんよ。」
「そんなこと言ってるお前がしっかり見てるやん。」
自分からどうにかして出アガリを取ろうとしてくるから恐ろしい。Tさんは牌の位置をよく見ているので、自分も理牌には気を使わないといけない。
麻雀打ちには威圧感がある人間がいる。Tさんはこれが凄かった。この威圧感というのがなかなか厄介で、少し押したり、または仕掛けたときなどに、テンパっているんじゃないかと思ってしまうことがある。Tさんはいつがテンパイなのか分かりにくく、みんな押し引きを狂わされていた。
これから先もTさんとの同卓は避けては通れない。少しでも優位に戦うために必死にTさんの癖を探した。そしてそれらしきものを見つけ、しばらく観察して確信した。
麻雀用語で「テンパイタバコ」という言葉がある。これはテンパイして考えることがなくなり、タバコを手に取る人が多いということだろうが、Tさんもタバコを吸うタイミングに癖があった。
Tさんは面前でリーチを打つつもりの手牌だと、テンパイではなくイーシャンテンのときにタバコに火をつけるのだ。「テンパイタバコ」ではなく「シャンテンタバコ」とでも言おうか。面前でタバコを吸い出したら、ダマテンを警戒する必要がないことが分かった。
仕掛けの場合はすぐには癖が分からなかった。タバコを吸い出したからシャンテンかと思いきや、テンパっていることがある。一切タバコを吸わずにアガることも普通にある。
諦めずにずっとTさんの後ろで麻雀を見ていて、遂に発見した。仕掛けのときは愚形テンパイだけタバコを吸うのだ。Tさんが仕掛けてタバコに火をつけたら、愚形のサインなので押しやすくなる。
この日は同卓することがなかったが、次回の対戦が楽しみになった。
それからしばらくTさんと会うことはなかったが、2週間後ぐらいに同卓する機会がやってきた。(前回癖も見つけたし、今日は絶対に勝つ!)
Tさんがタバコを吸い出すのを待っていたのだが、取り出す気配すらない。半荘2回が終わり、不思議に思って聞いてみた。
「今日タバコどうしたんですか?」
「オレ、禁煙することにしたから!」
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