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雀ゴロ日記③ デリヘル大好きSさん

 先輩メンバーにSさんという人がいた。この人を一言で言い表すなら「クズ」以外ない。Sさんのクズっぷりを表すエピソードを挙げだしたら切りが無いのだが、少し話しておこう。
 まずSさんは運転免許を持っていない。だが、免許を取りに行かなかったわけではない。自動車学校を卒業し、あとは運転免許試験場だけだったのに、麻雀やパチンコばかりやって試験場に行かずに、期限が切れてしまったのだ。時間と金を無駄にし、結局もう一度取ろうともしなかった。
 Sさんはメンバー歴が長く、麻雀も強い。昔から成績を残してきただけに、カリスマ視しているメンバーやお客さんもいるらしい。
 ただ、この男は麻雀だけやっていればいいものを、パチンコ、スロット、バカラで負けに負けて、借金まみれになっていたのだ。

 Sさんとシフトが被ると面倒な仕事がある。行きは自分で来ていたが、帰りはメンバーの誰かが家まで送ってあげていた。当然その間は店からメンバーが一人いなくなるので、店にとってはマイナスでしかない。未だに何故そんなことをしていたか謎だが、1回でも多く打ちたい自分にとっては嫌な仕事だった。

 そんなSさんはデリヘルが大好きで、給料が出るとまず最初にデリヘルだった。
 ある日、いつものように仕事終わりに送っていくと、車の中でデリヘルの予約をしだした。自分の友人もSさんに金を何十万も貸していたので、先に金返せよと思ったが、こんな男に貸すやつもどうかしてる。
 家の近くまで行くとSさんがこう言った。

「ちょっとコンビニ寄って!いつもまろんに送ってもらってるからアイスでも奢るわ!」

「いいんすか?あざっす。」

 コンビニに寄ると本当に買いに行ってくれた。珍しいこともあるものだ。しかし、戻ってきたSさんの手には自分の苦手な小豆のアイスがあった。

「ごめんSさん。自分小豆のアイス苦手なんすよ。」

「えー!なんで?小豆美味しいじゃん!じゃあ自分で食べるわ。」
(別のアイス買ってくれるとかはないんだ……。まぁ、小豆が苦手な自分が悪い。でも、ここでそのチョイスは絶対違うだろ。)

 とりあえず早く店に戻ろうと、アイスを美味しそうに食べているSさんに聞いた。

「このままホテルに送ればいいっすか?」

「いや、家に行って!もうちょいお洒落な服に着替えてから行きたいから!」

「はーい。」(デリヘル嬢に見栄張ってんじゃねーよ!)

「じゃあ、おつかれ!」

「おつかれっす。」

 あまりのクズっぷりに、年下の後輩もみんなタメ口をきいていた。自分もSさんに対しては緩い言葉遣いだった。ただ、舐められていたわけではない。イジられてはいたが、Sさんはいつもニコニコしているのでみんなから愛されていた。

 そんないつも笑顔のSさんが、険しい顔をしたのを1回だけ見たことがある。 
 その日、Sさんは朝から絶不調だった。手は入らないのに切る牌は刺さり続け、ノートップどころか2着すら1回もない。麻雀を長くやっていれば、実力差がどんなにあろうと、あまりのツキのなさ故に為す術もなく負ける日もある。 

 Sさんの帰る時間が近づいていた。時間的にこれが最後の半荘になるだろう。
 苦しいながらも細かいアガリを続け、オーラスはダントツのトップ目になっていた。最後だけでも、トップを取れれば気分が違う。あとは対面の親を流すだけだ。
 中盤にピンフのテンパイをしているSさんが白をツモ切ると、親から「ポン」の声が掛かる。
(ヤバい!三元牌が全く見えてない……)
 Sさんも気付いているだろうが、最悪な事に下家にUという客が座っている。Uは日頃から「メンバーに勝たせるのが一番腹立つから、メンバーだけには勝たせない」と公言している嫌な客だ。すると、ラス目のUが手出しで中を切ってきた。

「ポンッ!」

 親が興奮気味に鳴いた。これは入っていそうだ。Uに向かって「勘弁してくださいよー」と言っているSさんの目が笑っていない。Uはラス目だけに、場を長引かせようとしたのかもしれないが、十中八九ただの嫌がらせだろう。
 Sさんは次のツモで発を引いてしまった。微妙なところだが、親はまだテンパっていないように見える。Sさんの待ちは親の現物だけに、鳴かれても勝算は十分ある。しかし、メンバーの打牌規制で切ることができない。仕方なく頭を切って回すと、下家のUが今までSさんの待ちだった牌をツモ切った。
 Uが親に鳴かせなければSさんのツモアガリだったし、発を切ることができればアガれていた。この局の結果は言うまでもないだろう。

 帰りの車の中でSさんは一言も喋らなかった。家に着くとようやく口を開いて帰っていった。

「今日はしんどかったわ。ありがとね。おつかれ!」

「おつかれさまです。」

 Sさんは立派だった。悔しかっただろうし、腹も立っただろう。それでも、大三元をアガッたお客さんに笑顔で「おめでとうございます」と言い、一緒に盛り上がっていた。なかなかできることではない。ほんの少しだけ尊敬した。

 その日をきっかけに、周りがSさんにタメ口をきいていても、自分は敬語を使うようになった。それは今でもそうだ。

 そんなSさんも今や別の雀荘で店長をやっている。今日も素敵な笑顔を振りまいているに違いない。

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