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雀ゴロ日記⑥ 最恐の男Wさん

 メンバーを始めて3年が経った頃、テンゴの店からピンの店に移った。ピンの店だとお客さんのレベルが少し上がり、場が変わることに驚いた。
 何よりもツモアガリと出アガリの比率が違う。テンゴの店は無茶な押しをする人が多いために、どうしても出アガリが多くなる。それに比べてピンの店は、リーチに対してしっかりオリる人が多い。自分にとってはこちらのほうがやりやすいし、何も変えずとも勝手に成績が上がった。

 メンバーから最も恐れられているWさんというお客さんがいた。見た目から歳が分かりにくく、40代にも60代にも見える。痩せ型で眼光の鋭い人なのだが、麻雀も鋭かった。
 基本は面前で仕上げ、リーチをよく打つタイプだったが、ここぞの場面では仕掛けて押し切るアガリも目立った。
 誰よりも真剣に麻雀に向き合っている為に、長考も多い。Wさんが長考に入ると、メンバーの声も届かないほど集中していた。

 Wさんがメンバーから恐れられていたのは、麻雀が強いからではなく食事だった。Wさんは麻雀中に必ず、ミートスパゲティを注文するのだ。この食べ方が酷い。まるで蕎麦をすするように豪快に食べるし、口に入ったまま喋るので、隣に座っているとほぼ100%ミートが飛んでくる。シャツに付くと取れなくなるので、本当に本当に迷惑だった。

 ある日、自分が立ち番をしていると、いつものようにWさんからミートの注文が入る。両隣に座っているメンバーから自分に、「ミートお願いします」の声が飛んだ。悲鳴のように聞こえたが、自分が被害を受ける側ではないと楽しいもので、ついついニヤけてしまう。

 ミートが出来上がり、卓に持っていこうとしたところで、メンバーのKがリーチ代走を頼んできた。(こいつ……!)
 実は前回Wさんが来店されたとき、KはWさんの対面に座っていたので余裕をかましていたのだが、Wさんの「ポン!」の声と共に、ミートがKに向かって飛んでいった。それを自分が大笑いして、ずっとネタにしていたのを根に持っていたのだろう。自分にも同じ思いをさせようと、タイミングを計っていたに違いない。スタスタとトイレに行きやがった。
 覚悟を決めて卓に座ると、皿を持ったままのKさんの大長考が始まった。今回はいつにも増して長い。

 ニヤニヤしながら卓に戻ってきたKは、信じられないものを目にする。トイレに行く前から1巡も進んでいないのだ。まだWさんの長考が続いていた。

 まるでKを待っていたかのように、Wさんが意を決してドラ切りの追っかけリーチを打ち、ミートを激しくすすった。一発目のKのツモはWさんのアタリ牌。期待通りに、「ロン!」の発声と共にミートがすっ飛んでいく。
 点棒を支払い、静かにおしぼりでシャツを拭くKの顔を見ると、笑いが止まらなくなった。

 人を呪わば穴2つ。

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