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雀ゴロ日記⑤ マンション麻雀デビュー

 S会長の古い知り合いでIさんという社長がいた。自分の祖父の友人でもあったので顔だけは知っている。70代の元気なジイさんだ。どこからか自分が雀荘で働いていることを聞きつけてきた。

「お兄ちゃん、麻雀強いらしいな!今度オレがいつも打ってるとこに連れてくから、麻雀教えてくれよ!毎回負けてるんだよ!」

「いいですよ。どこで打ってるんですか?」

「ツレのマンション。」

 マンション麻雀が都市部にあるのは知っていたが、地元にあるのは驚いた。漫画の世界で見たマンションはレートが高く、自分にはそんな種銭はない。

「レートが高いと負け分払えないんですけど。」

「大丈夫!金のことは考えなくていいよ!もし負けてもオレが払うから!」

 そう言ってくれるのなら心配はない。自分自身マンション麻雀に興味があるし、メンバー仲間に体験談を話したい気持ちもある。

 約束の日、Iさんが真っ赤なアルファロメオで迎えに来てくれた。70代のジイさんがこんな車に乗ってるなんて、カッコいいじゃないか。しかも左ハンドルのMT車だ。Iさんはせっかちなので、「早く乗れよ」と言ってくるが、ドアの開け方が分からない。なんとドアハンドルが窓の位置にあった。

 マンションに着くとイメージとの違いに驚く。オートロックでもない普通の古いマンションで、部屋の前に行くと、外まで麻雀の音が丸聞こえだった。(マンション麻雀ってセキュリティに気をつけるものじゃないのか……)

 中に入るとジイさん4人が打っていた。実は高レートのマンション麻雀というのは2種類あって、身内だけのセットが高レート化したものと、会員制のフリーみたいなものがある。ここは明らかに前者だった。

 ルールとレートの説明をしてもらい、リャンピンのサブロクだと聞かされ拍子抜けした。もちろん今まで打ったことのないレートだが、札束が飛び交うイメージを勝手に持っていた。他人の金だとあまり緊張感もない。

 場違いだと思いつつも打ち始めたが、すぐに帰りたくなった。とにかく遅い!動作も打牌選択も耐えられないぐらい遅いのだ!このペースだと半荘1時間はかかるだろう。来たこと自体後悔していると、いきなり洗礼を浴びる。     
上家が赤5sを切ってリーチをかけてきた。

 自分もすぐに追いついたが、どちらを切るか少し迷った。中は1枚切れで、ソーズの上はほとんど見えていない。自分で7sを2枚使ってるだけにリャンカンの形よりペンチャンのほうがあるかもしれない。だが7sは期待できないし、残り1枚の中と心中するぐらいならと、リャンメンにとって曲げたら捕まった。

 (いやいや、勘弁してくれよ……)
 当たるかもしれないとは思っていたものの、リャンメンの3900よりカンチャンの5200を選ぶとは。
 ヌルい選択だと思ったが、この理由はすぐ分かった。ジイさん達の三色愛が半端ではない。ニサシだのシゴロだの、やたらと三色に関する単語ばかり出てくるし、一手替わり三色の手は絶対ダマにしている。

 まぁ、こっちは現代的な麻雀を見せつけてやるだけだ。
 なかなか手が入らず苦しい展開が続いたが、南場の親で面白い手が入った。

 一気通貫と三色が狙える手牌で、ジイさん達ならここは何を切るのだろうか。
 自分の選択はもちろん1m2m落とし。一気通貫は捨てるし、三色にもならないだろう。待ちはリャンメンが残ってほしかったが問題ない。

 ジイさん達は絶対に6p切りのダマにするだろうが、迷わず曲げた。3pが2枚切れなのでシャボに受ける。

 すると一発で2pをツモり、ウラが6pでハネマンのアガリとなった。
 「若い子はヒキが強ぇなー!何でもツモっちまうわ」

 そんなこと言ってるメンツに負けるわけがない。ここから手が入り続け独壇場となったが、4連勝したところで帰ることにした。身内で楽しんでいるところに、自分みたいな人間がいるべきではないと思ってしまった。勝つことだけを考える自分らしくなかったが、全くやる気が出ないものはしょうがない。

 Iさんが代わりに精算して、勝ち分を全て受け取った。少しぐらい貰えるかと期待したが、何も言ってこない。
 実は金持ちというのはケチな人が多い。来る前に「金のことは考えなくていい」と言っていたが、勝っても負けても考えなくていいということだったのか。

 金は貰えなかったがいい経験になった。この先高レートを打つ機会があったら、緊張しないで打てるはずだ。
 帰りの車の中で、Iさんが嬉しそうに話しかけてきた。

「いやー、今日は勉強になった!お兄ちゃんの真似して打ったら今度は勝てそうだわ!」

「頑張ってください。」

 そんなことを言っていたにも関わらず、次の週もボロボロに負けたらしい。Iさんの麻雀は見たことがないが、あのメンツに毎回負けるということは相当弱いのだろう。

 そんなIさんも今や80代。高齢者マークを付けたアルファロメオで元気に走り回っている。
 

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