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雀ゴロ日記⑮ 最終話 S会長との別れ

 いつものようにS会長とK社長と打っていると、自分の体に異変が起こった。どうやら意識が飛んでいたらしい。自分では全く気づかなかった。大したことないと思ったが、脳腫瘍の疑いがあるからすぐにでも検査に行ってこいと言われ、嫌々ながら脳波やMRIの検査を受けに行くことにした。

 検査なんかしても何も出るわけないと余裕をかましていたが、医師から検査結果を聞かされ頭が真っ白になった。脳腫瘍ではないものの、脳の病気が見つかり、車の運転と麻雀は今後禁止だと告げられる。麻雀ができないことよりも運転ができないことのショックが大きく、何も考えられなくなってしまった。
 S会長に電話して、麻雀ができなくなったことを伝えると、「そうか、今はとにかく休むしかないな」と寂しそうな声が聞こえてきた。

 これまで日課のように打ってきた麻雀から離れた生活は、退屈なものだった。勝つことだけを求め、趣味として楽しむという感情を捨ててきたつもりだったが、結局自分は麻雀や麻雀打ちが好きなのだろう。

 
 麻雀を打たなくなって半年ほど経った頃、S会長が雀荘で倒れて救急車で運ばれたと連絡が入った。自分が意識を失った席と同じ席だったらしい。

 入院後しばらくして体調が良くなったことを聞き、お見舞いに行こうとしていたところにS会長から着信が入る。

「おう!今日休みだろ?カツ丼が喰いたいから持ってきてくれ!病院食が不味くて死にそうだ。」

「いやいや、ダメですって。絶対怒られますよ。」

「いいから持ってきてくれ!責任はオレが取る!」

 元気そうなのはいいことだが、責任を取るも何もないだろう。ただ怒られるだけだ。まぁ、医者の言うことをちゃんと聞くタマでもない。

 病院に着き、看護師に見つからないかヒヤヒヤしながら持っていった。久しぶりに会った会長は嬉しそうで、自分にドアが開かないように見張らせてカツ丼を一気喰いした。(血圧とか血液検査の数値でバレるだろ。)
 最初は近況などを話していたが、やはり麻雀の話になる。早く退院して打ちたいらしいが、今回倒れた席には2度と座らないらしい。自分も意識を失ったし、あの席が原因だと言い出した。(これだけ文句を言っていれば退院も早そうだな。)

 それから数週間後に会長から退院の連絡が入った。

「おう!お前がもう麻雀打ってないのは知ってるけど、1回だけ付き合ってくれんか?」

「分かりました。」

 2翻縛りの雀荘Jに着くと、すでにS会長が待っていた。どうやら少しだけ後遺症が残ったらしい。声は元気だが、思っていたより動きが悪くなっていた。

「短くて悪いけど、半荘3回だけでいいか?」

「いいですよ。」

 もう1人は麻雀覚えたての綺麗なオバさんが入ることになった。久しぶりの麻雀にはちょうどいい。
 
 この日は自分も会長も、今までにないぐらい純粋に麻雀を楽しんだ。麻雀から離れたことで、打つだけで楽しいと思えたし、勝ち負けなんてどうでもよかった。

 最初の半荘は自分と会長の殴り合いになったが、オーラスお互いにアガリトップの状況で、ダンラスのおばさんの豪運が炸裂する。

「待ちがよく分からないから開けるね。これテンパイだよね?」

(マジか……。よくピンの三麻打ってるな。)

 23p待ちだが、自分が3pをポンしているので待ちは2pの1枚しかない。この形が分からないなら、メンチンはほとんど分からないのだろう。
 しかしこのおばさん、1枚しかない2pを一発でツモってしまう。イッツーが付いて数え役満。大逆転だ。

 そこからおばさんのアガリが止まらなくなり、自分と会長はバカ笑いしながら振り込みまくった。どんなに実力差があっても勝てないときは勝てない。

 おばさんの2連勝で最後の半荘を迎えたが、勢いは全く落ちない。早々とトップが確定してしまった。
 オーラスはおばさんの親番で、自分と会長は同点のラス争い。最後ぐらい気持ちよくアガりたいものだ。

 中盤に自分が先制のオープンリーチを打った。


 おばさんがソーズの染め手をやっていて、見た目ほど良くはないが行くしかない。ツモれば2着だし、S会長がノーテンでもいい。

 まぁ、S会長がノーテンで終わるわけがなかった。すぐに追っかけオープンが入る。

 なんと全く同じ待ち。めくり合いになった。自然とお互いツモる指に力が入るが、なかなかアガリ牌が姿を見せない。

 すると、おばさんが中のアンカンをした。トップ目だからそのままツモ切ればいいのだが、このアンカンがドラマを生む。リンシャンから9sを引いてカン、またもやリンシャンから3sを引いてカン。一瞬にして待ち牌が6sだけになってしまった。
 このときS会長と目が合って、苦笑いしたことを覚えている。それは待ちがなくなったことではなく、お互いにこのあと起こることを覚悟したからだ。

「ツモ!やったー!初めて三槓子アガれたー!」

(こんなマンガみたいなことあるのか……。てか、三槓子じゃなくて四暗刻だし。)

 
 雀荘を出て、少しS会長と話をした。

「今日はありがとな。」

「いやぁ、ボコボコにされましたね。」

「ケツの毛まで抜かれたな。麻雀の神様がもうやめろって言っとる。」

「ははっ、そうかもしれないですね。」

「オレの人生も終わりが近いだろうから、先にあの世に行って待っとるわ!お前はゆっくり来いや。」

「何言ってるんですか!まだまだいけますよ!ただ、1つ気になったんですけど、会長が待ってるのは天国なんですかね?」

「バカヤロウ!オレもお前も地獄に決まっとるわ!」

「やっぱそうですよねー。まぁ、また打ちましょう。」

「おう!じゃあ、またな!」

 それが最後の会話だった。

 S会長が亡くなってから1年ほどが経った頃、自分の体調が奇跡的に回復して、再びフリーに通えるまでになっていた。
 
 ある休みの日、前日に遅くまで麻雀を打っていたこともあり、昼過ぎに目が覚める。(そういえばこの時間はいつも、S会長から麻雀の誘いの電話がかかってきてたな。)
 そんなことを考え、少し寂しさを感じていると自分の携帯が鳴った。雀荘Pのママからだ。

「今から卓が立つんだけど来れない?」

「すぐ行きます!」


 麻雀から1年離れていた間、健康的な生活を送っていたが、何かが足りないと感じていた。自分にとってその何かは麻雀だったに違いない。
 麻雀打ちなんて世捨て人のようなものだ。毎日職場と雀荘と家の往復で、麻雀を打っていればそれで幸せだと言う人もいるし、世の中の情報や流行りにも疎い人が多い。
 自分はこれから先も麻雀をやめないし、やめられないだろう。人生において最も価値の高いものである時間を、麻雀に費やしてきたこと。それは世間一般からすると無駄に思われるかもしれない。それでも、自分は一切後悔していないし、今後も麻雀打ちとして生きていく。

 急いで支度をして家を出ると、雲1つない青空が広がっていた。(20代前半の男がこんな天気のいい休みの日に、昼間っから麻雀打つなんてどうしようもねぇな。)
 自虐的になりながら車に乗り込む。

「さてと、今日もカッパギに行きますか。」

「負けちまえ!」

 S会長の豪快な笑い声が聞こえた気がした。

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