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空気の読めない雨女

その子と会うときは8割くらいの確率で雨が降る。

「お前が雨女」「いや、お前が雨男」などという不毛すぎるやり取りにも飽きていたし、2人で雨の降らない土地に行くのが地球のためなのかもしれない、なんてアホな考えが頭をよぎることもあった。

知り合ってから20年くらいが経つ。初めて告ったのが高1。2度目は高3。3度目は大1。ことごとく振られて疎遠になった時期もある。

だけど、いつのまにか友だちの関係が復活し、自分は彼女がいようと誘われれば飲みに行っていた。なんなら家に来たこともあった。自分から誘うこともあったし、くだらないLINEを送り合うことも、クソ暗い話題で持論を展開し合うこともあった。

最後に会ったのは去年の11月だったか。年内にもう一回会えればいいねなんて話をした気がする。連絡不精な自分のせいもあったし、緊急事態宣言も出たので気づいたら桜が咲いて、そして散っていた。

「いつ空いてんの?」という連絡が届いて日程を合わせたけど、なんだか面倒くさくなっている自分もいた。歳を重ねるごとに恋愛はよくわからなくなっていたし、ノリと勢いで付き合っては別れてを繰り返していた数年間を経て、自分は誰のことも好きになれないのかもしれないと、ようやく気づき始めていた。

好きとは、付き合うとは、他人と、特に異性に対する距離感がわからなくなってきていた。仲の良い友人とは深く付き合うけど、彼氏彼女的な関係は自分でも引くほどに突然冷める瞬間がやって来る。

その子との関係を進展させる気は年々薄れて来ていたし、なんなら自分よりもマシな相手であれば誰でもいいのでその人と幸せになって欲しいとすら思っていた。

というか、責任感を生じさせたくないだけな気もする。クズだという自覚はあるし、親しい間柄の人にもそう思われている。そういえば最近入ったガールズバーの子にサイコパスと言われてしまった。

すべてのことに答えが欲しいわけでもなかったけど、不確定要素が多すぎる恋愛というものに対する恐怖心が大きくなっていた。最後に付き合った女性に「私と結婚する気ないでしょ?」という言葉と共に振られ、「こんなやつとの未来を考えて付き合ってくれる人がいるんだ」と軽く感動しながらも、同時にすごく怖くなった。

片想いは楽だった。勝手に想っているだけだから。幸せのハードルも低い。好意を持っている相手から連絡が来れば満足できる。

だけど、距離が近くなればいろんな面が見えてくる。衝突も起きる。それがしんどかった。争いたくなかった。仕事以外はなるべく楽なことだけ選んで生きていたかった。そんな風に考えてるやつが誰かと付き合う資格なんてないことに、30歳を過ぎてからようやく気づく。

でも、どうだろう。寂しさを埋めるようにフラフラしていた時期もあるわけで、その子対しても同じように隙があればどうにかしようと考えて接し続けてきたのかもしれない。自分でもよくわからなくなっていた。この感情は恋なのか、それとも性欲なのか、その場しのぎなのか、2人の関係性を自分はどうしたいのか。

そうして段々と考えるのが面倒になってきて、会うのも面倒になってきて、時間だけが過ぎていき、気づいたらその日を迎える。

待ち合わせ場所には約束していた時間より数分遅れそうだった。まぁ、いいや。そう思ってしまうのは完全に冷めているからなのか。すると相手からLINE。ちょっと遅れるとのこと。行こうとしていた居酒屋の場所を地図アプリで確認しながら待つこと数分、久しぶりにその子と対面した。

驚いた。もしかしたらコンマ何秒かフリーズしてたかもしれない。その子は長かった髪をバッサリと切っていた。別にショートカットが好きなわけではなかったけど、心の中でツッコミを入れる。

いや、このタイミングで可愛さ更新してくんなよ。空気の読めない女だな。

普段通りのテンションで「髪切ったんだ」と言ったら「気づかないかと思ったわ」とか言われた。まだ雨は降っていなかったし、このまま降らなそうな気もした。道ゆく人を見ながら「傘持ってる人少なくない?」なんて言ってきたけど、予報では夜から降るらしかった。

閉店まで近況やらなんやら喋りながら酒を飲む。店を出たらちゃんと雨が降っていた。やっぱり降るじゃんと笑い合う。その子の家まで一緒に歩き、家の前で2時間くらい喋っていた。雨は降ったり止んだりを繰り返す。普通に寒かった。

帰宅して湯船に浸かって振り返る。楽しかったな。結局、これに尽きてしまう。なんだか悔しくもあった。いつまで続くのかはわからないけれど、また会えるといいなと思ってしまった。


その日の会話で一番記憶に残っているのは、なんの話の流れかは忘れたけど、男に生まれ変わったら「好きです、付き合ってください」ってビシッと言ってみたいとか楽しそうに話していたことだ。

「好きです、付き合ってください」ってお前に何度も告げた俺にそれを言うかな。もう一回言えばよかったかも。



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