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No.2 「EACH OTHER」

第二回は、セカンドアルバム『君は誰と幸せなあくびをしますか。』の六曲目より「EACH OTHER」を紹介したいと思います。アルバム名からしていいですよね。

はじめにネタバラシをしておくと、この曲は前回紹介した「ANSWER」のアンサーソングです。対応し合ってるわけです。和歌の本歌取りみたいな感じの読み方をすると、曲単体で聴くより歌詞に奥行きが生まれるんですね。

「ANSWER」で「君」を抱きしめた「僕」でしたが、果たしてその後の二人はどうなったのでしょうか。早速見ていきたいと思います。

ラッシュアワーの 向こうのホームで
彼女が僕を見つけて 手を振る
僕も振り返そうとしても ポケットからなぜか
手を出せないまま 電車は入ってきた

朝の通勤(通学?)の時間帯、向かいのホームに「彼女」=「君」を見つけた「僕」。手を振られたので振り返そうとしたけど、振り返せない。険悪とは言えないけど、円満な二人とも言えないのかな、という雰囲気が漂っています。

そして手を振り損ねたまま、電車が入ってきてしまった。彼女の姿は見えなくなってしまいます。

ここの歌詞、ほとんどの歌詞サイトで電車「が」入ってきたになってます。間違いです。電車「は」です。こういう助詞の些細な違いがニュアンスに大分差を生んじゃうんですけどね。

電車「が」入ってきた、というと、不意に遮られた感がするわけです。ああ、手を振りたかったのに急に入ってきた、という。でも電車「は」と言うと、ちょっと予期していた感があるんですね。もうそろそろ電車が入ってくる。手を振らなきゃいけない、でも振り返せない・・・。

あるいは、早く入ってきて欲しいとまで思っていたかもしれません。多分振り返せない自分がいるから、電車が入ってきて、早く彼女を見えなくさせて欲しい。ああ、やっと入ってきた・・・。

ここだけではまだ多くはつかめないので、次。

加速度を増して 君と僕は離れていく
ずいぶん小さく 君が見えたよ
人混みの中

ここで、電車は「僕」がいるホームに入ってきて、「僕」がそれに乗ったのだと分かります。仮に「君」が電車に乗ったのだとしたら、「人混みの中」で「君」が「小さく」「見え」るとは考えにくいわけです。それよりは、走り去る「僕」の電車から「君」を見ていると考える方が自然でしょう。

「加速度を増して」、「離れていく」・・・。当然電車は発車から徐々に加速して行きますから、物理的に加速度を増して離れていっています。でも、それだけでしょうか?

ここでは精神的な二人の距離感、あるいは日常生活の中でのお互いの存在感も含意されていると考えるべきです。この後明らかになりますが、二人はもう恋人ではありません。それぞれの生活を送っていく中で少しずつ互いを忘れ、加速度的にその距離は離れていっているのです。

でもそれならなぜ、「君」は「手を振った」のでしょう?そして、なぜ電車に乗って走り去るのは「僕」だったのでしょう?なんだかモヤモヤしたまま次に入ります。

あの日地下鉄の改札で
「離したくない」と言えなかった
臆病すぎた 僕がどれほど
君を辛くさせただろう

あれ、と思ってくれましたか?そうなんです、「あの日地下鉄の改札で」...つまり、「ANSWER」のAメロのフレーズがそのまま用いられてるんです!対応しているとしか考えられなくなってきたでしょう?

前回の最後で含みありげに言い残した答えが、ここで示されました。「僕」は、「離したくない」とは言えなかったのです。抱きしめはした。帰したくもなかった。でも、「臆病すぎた」。そんな「僕」はきっと、「君」を辛くさせた・・・。

「君」は多分、「僕」のことをとても好いていたんですね。でも、これもまた槇原が描く主人公の大きな特徴として、思いを正直に伝えられない臆病さ、というのがあります。こっちが好きだ好きだと詰め寄れば、向こうはもしかしたら迷惑に思ったり、負担になったりするかもしれない。だから、そっと心にしまっておこう。好きだからこそ。こう考えがちなんです。う〜ん、すごい共感できる・・・。

忍ぶ恋的な槇原の主人公を健気と取るかウジウジしてるキモい男と取るかは人それぞれですが、ともかく、「君」はなかなか好きだという気持ちを伝えてくれない「僕」を辛く思っただろう、とこういう訳です。やっぱり「ANSWER」の中で「君」は、寂しいとか帰りたくないとか、言っていたのかもしれませんね。

好きとかそんな言葉よりも
二人で過ごす時間だけが
何よりも大切なこと
今では分かるよ

男子は態度とか言動で好きというのをはっきり伝えていればそれで十分じゃないかと考えがちで、一方女子は「好きだ」という言葉を欲しがる。こんな感じのことを歌ってる恋愛ソングってままあります。

この歌詞を読む限り、「僕」は好きだということは直接伝えていたっぽいですよね。でも、臆病すぎて「離したくない」とは言えなかった。それは「君」を「僕」に縛り付けることになるから。本当に大切だったのはきっと、そこで「離したくない」と言い切って、二人で一緒に時間を過ごせることだったはずなのに。失ってから初めて気づくという、恋愛ソングあるあるです。

あれから君によく似た 人と暮らしてみた
結局似ているだけで 君とは違った
でももし今君に 好きだと言われても
やっぱり頷けない 全ては変わっていく

その後、別の人と付き合っていたみたいですね。でも、その人は何か違うなと思って別れてしまった。「君」に似ていても「君」ほどしっくりこなかった。暮らしていた、っていうのは単に日々を一緒にしたくらいのところですかね。同棲までしていたのかは分かりません。

じゃあ「君」のところに戻りたいのかというと、そうではない。「今君に好きだと言われても やっぱり頷けない」。もう好きではないんです。大好きだったから確かな存在感を持って自分の心の中にいるし、これからもそうなんだろう。でも、あの頃のことは結局全て過去形です。「全ては変わってゆく」。今の「僕」は「ホーム」を出て、やはり加速度的に離れていってしまうのです。

そう思い出なんて 時が経つほど本当以上に
美しく心に残るから 人は惑わされる

この曲の(個人的)ハイライト。痺れるなあ・・・・・・・・・・・・・・・・。

ここに関しては、ひとまずこの言葉以上に語ることはあまりありません。噛みしめましょう。

君はまだそのことに気づかず
僕に手を振ったのだろうか
もしもそうなら 君はきっと
辛い日々を送ってるはず

そしてここで、序盤で湧いた疑問が解消されてきます。

まず、なぜ「君」は「手を振」ったのでしょう。かつては別れてしまった「僕」なのに。

「君」は、まだ「僕」を好きなのかもしれません。できればよりを戻したいとか、そう思ってるのかもしれない。でもそれは、過去の思い出が本当よりも美しく輝くから。遠くから見れば、いろいろなものは実際より美しく見えるものです。「惑わさ」れてるんです。

そしてそれが、「僕」だけが加速度的に離れていく理由でもあります。

「君」はまだ電車に乗れていないのです。「向こうのホーム」にはいるものの。まだ甘美な思い出に引きずられている側面がある。よほど大きな恋愛だったのでしょうか。だから先に前へ進むきっかけ、つまり「電車」に乗った「僕」は、「君」のいる場所から去っていくのです。

「君」の存在感が人ごみの中、どんどん小さくなって、見えなくなるまで。

「君はきっと 辛い思いをしているはず」。新しい恋を始めても、前の人のことがどこか忘れられない。まだ好きとかそういうのではなかったとしても、なんだか目の前のことに没入しきれない。そんな経験ってあるんじゃないでしょうか?

でも僕はもう 君のために
できることは何一つない
もう君の僕じゃない
僕の君じゃない
もう君の僕じゃない
僕の君じゃない

最後リフレインする「もう君の僕じゃない 僕の君じゃない」という直接的な言葉が、悲痛な思いを真っ直ぐに伝えています。

「君のために できることは何一つない」。もう好きではないから。

早く僕を忘れて、君も去って行ってくれ。君がいつまでもそのホームにいると思うと僕も本当に次に進むことはできないから。そうなんです。「僕」も、また「君」との美しい思い出に「惑わされ」ているんです。振り返ってみれば、「結局似ているだけで 君とは違った」のくだりがまさにそのことを示しています。

さらに、もっと振り返って、最初の「彼女が僕を見つけて手を振る」にも注目してみましょう。先に相手のことを見つけていたのはどちらでしょうか。「僕」ですよね。「僕」は先に見つけて、じっと見ていた。そしたら「君」も気づいて、手を振ってきたわけです。「僕」は、もう「電車」(≒前に進むきっかけ)が入ってくることをなんとなく予期している。だから、「振り返」せない。でも、先に彼女を発見していたのは「僕」なんです。

最後にタイトルの意味、「EACH OTHER」です。each otherは和訳すれば「お互いに、を」ですよね。

ここまで読めば、もうなんとなくお分かりでしょう。「二人とも」、まだ過去の恋愛に囚われている。「お互いに」、と言い換えることができますよね。お互いに、好きではないのだろうけど、まだ忘れられない何かを胸に生きている・・・。

途中までだと、極端に言えば元カノがよりを戻そうとしてて「僕」は嫌がってる、的なニュアンスで捉えられかねませんが違うわけです。EACH OTHERなんです。タイトルが裏付けになってるんですよね。曲の名前まで含めて一つの作品なんだということを改めて感じます・・・。

最後の最後。この恋を終わらせたのがどちらだったのか。正直邪推の感は否めませんが、ちゃんと読むとなんとな〜く分かるんですよね・・・。「君」、だと言うのが僕の考えです。

「君」は、「辛くさせた」「僕」を一度はフった。でも、思い出に「惑わされ」て、やっぱり「僕」を忘れられずにいる。「僕」も似た人と付き合ってみたが、「君」を思い出さずにはいられない。フられた側なんて特にそうです。しかし、もう「君」を好きとは思えない。お互いのお互いじゃないから。そして「僕」の方がまた、新たなきっかけを掴んで先に離れていく。

どちらがフったのか、という視点に基づいたこのまとめを読んで、もう一度記事全体を振り返ってみてもらえば、より深く「EACH OTHER」を味わえるはずです。

いかがだったでしょう。長かったですよね、すみません笑。

ここまでマイナー曲(と言ってもマイナーofマイナーではないんですが)を扱いましたが、次回は超有名曲「もう恋なんてしない」を扱います。ぜひ読んでください。

では、この辺で。

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