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君は「悪女」を聴いたことがあるか

マリコの部屋へ 電話をかけて
男と遊んでる芝居 続けてきたけれど
あのこもわりと 忙しいようで
そうそうつきあわせてもいられない

土曜でなけりゃ 映画も早い
ホテルのロビーも いつまで居られるわけもない
帰れるあての あなたの部屋も
受話器をはずしたままね 話し中

悪女になるなら 月夜はおよしよ
素直になりすぎる
隠しておいた言葉がほろり
こぼれてしまう 「行かないで」
悪女になるなら
裸足で夜明けの電車で泣いてから
涙 ぽろぽろ ぽろぽろ
流れて 涸れてから

女のつけぬ コロンを買って
深夜のサ店の鏡で うなじにつけたなら
夜明けを待って 一番電車
凍えて帰れば わざと捨てゼリフ

涙も捨てて 情も捨てて
あなたが早く私に 愛想を尽かすまで
あなたの隠す あの娘のもとへ
あなたを早く 渡してしまうまで

悪女になるなら 月夜はおよしよ
素直になりすぎる
隠しておいた言葉がほろり
こぼれてしまう 「行かないで」
悪女になるなら
裸足で夜明けの電車で泣いてから
涙 ぽろぽろ ぽろぽろ
流れて 涸れてから
中島みゆき「悪女」

唐突だが、これは中島みゆきの1980年代初頭の大ヒット曲「悪女」の歌詞だ。
みゆきファンならずとも耳にしたことはあるだろう。

最近は昭和ブームなどと言って、テレビでも当時の映像や音楽がよく流される。
しかし、本当に昭和ブームなのかどうかは怪しいものだ。
視聴率に悩むテレビ局が、
「懐かしい映像を流しておけば年寄りは見るだろうし、ブームって言っときゃ、え、そうなのと若い奴も飛びついてくるだろう」
多分そんなところだと僕は思っている。
僕はズルい人間なので、ズルい奴の考えることはすぐにわかる。

先日、そんなズルい番組を見ていると、この歌が流れていた。
年寄りはともかく、若い人はこの歌詞がどこまで理解できているのだろうか。

内容は簡単だ。

彼氏の部屋に転がり込んでいた女が、どうやら彼氏にふられたようだ、新しい女ができたみたいだと、朝までうだうだと時間をつぶしている。
彼氏にはっきり聞く勇気もない。
いっそ悪女になれれば楽なのに。
でも、それにはまず始発電車で涙が枯れるまで泣かないとね。
未練も優しさもいらないよ。

ざっとこんなところだろう。
誰でもわかる。

しかし、次の歌詞はどうだろうか。
「土曜でなけりゃ映画も早い」

当時は、シネコンなどはまだ存在しない。
今でいう単館がほとんどだが、ミニシアターではない。
中には2階席、3階席もある大きなホールもあった。
都会の駅前や繁華街にはこんな映画館が2つ3つとかたまっていた。
今のようなレビューなどないので、文字通り口コミか、ラジオの浜村淳の解説(関西だけ?)、あとは現地に行って入り口前に貼られているスチール写真で、どの映画を見るか、どの映画館に入るかを判断する。
そして、その大きな映画館で一定期間上映されたあと、しばらくすると次はもう少し小さな映画館で上映される。
それを2番館、3番館と呼んだ。
その時には、他の映画と合わせて2本立て、3本立てで上映される。
野球で言うと、1枚の入場券で「巨人対阪神」「ヤクルト対広島」が続けて観戦できる。
つまり、お得なわけだ。
しかも、料金は少し安い。
「お父ちゃん、あの映画見たい」
「もうちょっとしたら、2本立てでやるさかい、それまで待ち」

そんな2番館、3番館には、土曜日になると、文字通りオールナイト、朝まで上映しているところがあった。
彼氏や彼女もいないのにサタデーナイトをフィーバーしすぎて終電を逃した若者は、後で出てくる深夜喫茶か、野宿か、朝まで飲み続けるか、このオールナイト上映に潜り込むかの4択だった。
ネットカフェなどあるはずもない。
もちろん、優しい友人がいればその部屋に転がりこむこともできたけれども。

そのオールナイト上映が、
「土曜でなけりゃ映画も早い」の意味だ。
レイトショーかもしれないじゃないかと言われるかもしれないが、それは違う。
この歌の彼女は、帰るところがないのだから、朝までどこかで過ごす必要がある。
そんな帰るところのない女性を泊めている男も、怪しいものだが。
もしかすると、家出少女を捕まえて人身売買でもしているのかもしれない。
今となっては真相は闇の中だ。

「帰れるあての あなたの部屋も
 受話器をはずしたままね 話し中」

この電話は間違いなく黒電話だ。
当時はまだまだ一般家庭の電話は、ダイヤル式の黒電話だった。

「女のつけぬ コロンを買って
 深夜のサ店の鏡で うなじにつけたなら」

このサ店はもちろん喫茶店。
しかし、ただの喫茶店ではない。
これは、深夜喫茶と呼ばれる喫茶店のこと。

先ほども書いたが、当時終電を逃した若者が朝まで過ごす場所のひとつだった。
だから、深夜2時までではない。
朝まで営業している。
そこで、コーヒー一杯で何時間も粘りながら始発を待つ。

僕が大学に入ってすぐの頃のこと。
新宿で飲んでいると、先輩たちが「六本木に行こう」と言い出した。
田舎者の僕の頭では、赤坂・六本木=高い・金持ち、そんなイメージだった。
いつかは赤坂、六本木。
それが、なんと今からなんて。
都会の学生はすごいなあ、東京に来て良かった。
しかし、こんなにいきなり上り詰めてしまっていいのか、俺の人生。
そんな僕の喜びと戸惑いをよそに、先輩たちはゾロゾロと歩き出した。
六本木と新宿って歩いて行けるほど近かったっけ。
すると、先輩たちは一軒の喫茶店に入っていく。
看板には「六本木」
そこは、新宿にある喫茶「六本木」

もちろん、その後、僕も後輩にこの手を使う。
「さあ、みんな今から六本木に行くぞ」
「さすが、マー君先輩、六本木ですかー」
「あたぼうよ、てやんでぇ、ついてきやがれ」

その「六本木」
何といってもすごかったのは、トーストが食べ放題。
しかも、こちらから注文する必要もない。
テーブルのお皿が空になると、店内を巡回するウエイターが、手にしたトレーからさっとトーストを黙って置いていく。
そのトレーには、トーストが山盛りだ。
いわば、トーストのわんこそば状態。

その「六本木」かどうかはわからないが、彼女が「女のつけぬコロン」をうなじにつけたのは、こんな深夜喫茶でのことなのだ。
(「六本木」が現在どうなっているのかはわからない。ご存知の方は情報を)

せっかく昭和の映像を垂れ流してズルい番組を作るのなら、せめてこれくらいはさらにズル賢く掘り下げてほしい。
今は、中島みゆきだけでなく、ユーミンや桑田佳祐など、昭和から平成、令和にまでヒット曲を作り続けている歌手がたくさんいる。
それぞれの作品を掘り下げていけば、立派な文化史になるのではないか。

タメになったねー。




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