小説こころ⑧ メンクリアフターランチ

 小説こころ⑧ メンクリアフターランチ
 
 今日はメンクリの日だ。臨床心理士のアヤにカウンセリングをしてもらっている。
「一割の壁は僕をさいなませる。それまでも厳しい人生だったのに、耳をやってしまったのが決定打で、ふらふらして、普通の人の一割ぐらいしかいろんなことができない体になってしまった。仕事も趣味も家事も車の運転も人間関係友人関係もプライベートも・・・。辛いんです。薬は当分手放せそうにありません。前向きにやってはいるが、思うようなパフォーマンスができない。ダメになってしまった現実を受け入れるのがなかなか難しい。いまだに慣れないようだ」
「何度も言っていますが、ありのままの自分を受け入れることが大事です。だめな自分、できない自分もありのままで受け入れてあげて、認めてあげて下さい。開き直ったっていいじゃないですか」
「そうですよね。開き直ってはったりで胸を張って生きて行かないとですね。思うようにいかず辛いですが、ありのままを認めることから始めなきゃですね。一割ですが僕は自分になりたいと思います。自分の思い描く姿の一割かもしれませんが、趣味でも何でもやってみようと思います。
 不思議なことに好きなことをやってるときは耳のふらつきさえも気にならないようです。好きなことをやれっていうメッセージなのかも」
「それは素敵ですね。好きなことは希望の光かもしれませんね。
 何ができたら少し満足できますか。自信が持てますか」
「そうですね、音楽でも仕事でも自分が自由にできるレベルまで行けたら楽だし楽しいでしょうね。何でも少しずつやってみますわ。みみずの足取りでも一歩ずつですね。結局それ以外はできませんし」
「その意気です」
「・・・ところで先生、今日は土曜日だから昼までで仕事は終わりですか」
「ええそうですね」
「同年代のよしみで、よければ飯でも行きませんか」
「・・・そしたら13時に○○駅のそばの喫茶店○○でどうでしょうか」
「はい、ありがとうございます。お茶飲んで待ってますね」
 
 
 
 僕が喫茶店でホットチョコレートを飲みながらくつろいでいると、アヤがドアのベルを鳴らして入ってきた。
「ごめんなさい、待った?」
「全然、くつろいでたから大丈夫。お疲れ様」
僕らは軽食を注文し、お話をした。
「病院の仕事は大変?」
「組織がいろいろと変わって、人の入れ替わりもけっこうあって大変だね。組織の色が変わってついていけない人がたくさんいて、けっこう転職してるんだよね」
「病院だと看護師とか資格ある人多いから転職も自由だもんね」
「いろいろ変わって大変だわ。私もときどき転職考えるもんね」
「アヤに辞められたら困っちゃうよ。僕が通院してる間は頼むよ。アヤがあの病院の癒しでもあるんだから」
「・・・そんなこともないけど」
アヤは少しうれしそうに笑った。

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