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『楽天IR戦記』をいじる会

現役アナリストと元インターネット企業役員との鼎談

 さて、資本市場と向き合った記録である『楽天IR戦記』、同じ業界の他社の経験者や、アナリストは、どう読んだのでしょう?

 UBS証券武田さん(写真右)と、シニフィアン共同代表(写真中、元DeNA取締役)との鼎談(本をネタにした放談)が8月22日に実現しました。武田さんはインターネット業界のアナリストで、楽天を長く担当しています。小林さんが共同代表を務めるシニフィアンは、レイターステージを対象とするグロースファンド”THE FUND”等を通じて産業金融事業に取り組む会社です。

 インターネット業界を中心に、事業会社、セルサイドアナリスト、バイサイド(機関投資家)50名以上が集まりました。これだけでテンションが上がりました。

エクイティ・ファイナンスとIRの関係

 まず、小林さんからは、読後感想のひとつとして、上場後にエクイティ・ファイナンスを行う必要性が高い事業かどうかが、企業としての株式市場への向き合い方や株価の捉え方へ影響を与えているのではないかというお話をいただきました。
 楽天とは異なり、IPO後は株式を活用したファイナンスやコーポレートアクションを行っていない企業の場合、「説明責任」が主たる目的になっているのではないか、との分析をいただきました。 

 楽天は、過去、資本市場を成長のための資金調達源として活用してきたことがこの本の底流にあります。資金調達の準備が目的としにくいのであれば、過去の資金調達のフォローアップなどが主要な目的になるのでしょうか、と、お話しました。上場の意義に近いかもしれません。
 それぞれの会社の事情に合った目的・目標があってよいと思います。参考までに私なりに考えたIRの目的・目標・方針・副次的効果をまとめました。


株価って何だろう

 興味深かったのは、一般論として、IPO後はIPO前に比べて株価(企業価値)に手触り感が減ってしまう、ということでした。
 IPO前は、VC(ベンチャーキャピタル)などと企業価値評価について議論し、企業価値創造のプロセスに納得して購入してもらい、次の調達ではその評価を上回ろう、という経営陣の意識がはたらきます。
 これがIPO後になると、株価は市場の取引の結果となってしまい、自分の会社の理論株価など、考えることがほぼなくなってしまうようです。

 ひとつの理由は、上場企業になると、機関投資家は、どんな評価を行っていつ購入(売却)したか、について企業と会話することがほぼないからと推察します。購入理由や時期は、機関投資家には難しい情報提供かもしれません。しかし、これらがわかると、事業会社は、投資家とより深く向き合うようになり、株価を上げようというインセンティブがはたらき、全体としてポジティブな影響が出ると私は考えています。

 投資家からの情報が得られない場合、事業会社側で、理論株価を算出することも一案です。楽天はSum of the Partsで理論株価を不定期に算出しています。DCFで算出している会社もありました。
 理論的正しさを証明するのは難しいものの、算出の過程を社内で議論すること自体に意味があると私は考えます。

アナリストレポート

 武田さんからは、楽天との関わりで懐かしい点を色々挙げてくださいました。印象的だった事例は、2008年に発行された楽天に関するレポートです。このとき、株式市場は新規事業の生み出す価値を感じ取り、大いに沸きました。

 セルサイドアナリストが、事業会社の新しい挑戦に妄想を膨らませ、株式市場の議論を盛り上げた経験として語っていただきました。私もこのレポートは、数多くの楽天を分析したレポートのなかでも、抜群の内容として強く記憶に残っています。

 さらに、参加していた他のセルサイドアナリストやバイサイドの方々とともに、楽天、DeNAにまつわる色々な出来事を思い出しながら、セルサイドアナリストと担当企業との真剣勝負(愛ともいう)について、楽しく真面目なトークが繰り広げられました。ド直球の質問もあり、その場にいた方には現在の気持ちをお答えしました。

 ライブドアショック、リーマンショック、等々。同じ時期に市場の逆風を経験したアナリストとIRは、立場を超え、戦友のような絆を感じていました。会の終了後も、「会社は違うのに同期のように感じる」などの感想を別のアナリストからいただきました。
 私も同感。IRをやっていて本当によかったです。

We won! ― 投資家と企業との関係

 武田さんのほか、参加された方の何人かが本の中で印象に残ったというシーンが第5章にあります。楽天の金融事業に関し市場からは猛烈な反対を受けていた2009年頃、楽天に投資をしたロングオンリー投資家の話です。

 その2年後、過払いリスクが一掃され市場の評価が一変し、株価が上昇した際、このロングオンリー投資家が保有していた楽天株を売却したことがわかりました。この間に株価は70%以上上昇していました。
 この時の私の気持ちが次の一文です。

保有されていた株を売られて嬉しいと思ったのは初めてのことでした

 私も含め、IR担当でこう思える瞬間は少ないです。が、買った投資家が売って儲けるところまでを意識することで、本当の意味で株主と同じ船に乗っていると言えると考えています。
 この文を含むパートの小見出しである「We won!」の「We」とは、企業と投資家のことを指します。
 企業が挑戦し、他の多くの投資家が反対するなか、その挑戦を理解してベットした投資家がリターンを得る、Win-winのケースだったと思っているからです。


 おわりに

 ボランティアで登壇されたおふたりや、事務局の方々のおかげで、私自身が非常に楽しめる機会となりました。
 これは、IRというポジションに長年いたからこそ気付けた資本市場のふところの深さ・厳しさについて率直に話すことができたからと思います。
 また、同じ時代を過ごしたアナリストや投資家、同業他社のIRの方々は戦友です。戦友との同窓会のようで、このつながりに深く感謝しました。(End)

アライドアーキテクツ代表取締役社長の豊増さん(左)。楽天では同時期に同じ部署に入社し、大変な時期をともに乗り越えました。本の中にも出てきます。

終了後のひとこま。IR担当には女性が多い!

IR(インベスター・リレーションズ)の経験などに基づいたテーマで記事を書いています。幅広い層のビジネスパーソンにも読んでもらえたら嬉しく思います!