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2020年代中盤はどうなる

今夜は5月らしくないくらいに冷え込んでおり、部屋のクローゼットに残しておいた長袖のパーカーを引っ張り出して着ています。今日も書く記事のテーマが決まらず、過去に自分が投稿した記事を色々漁っていた所、『2020年代はどうなる』という4年ほど前の記事を見つけました。2024年の今、『2020年代中盤はどうなる』というテーマで上書きしておこうと思います。

記憶は消えるもの

この記事は、年末年始の休暇が終わった2020年1月8日に書いて投稿しています。この時の私は、前年に長年勤めた会社を辞めて無職となり、3か月を経過した頃でした。年初に体調を崩して、熱と咳に苦しめられていたこともあって、精神的に塞ぎ気味だったのでしょう、全体的なトーンが暗めで、恨み節満開です。

時は丁度、新型コロナウイルス感染症の恐怖が世界を覆い尽くす直前です。この後世界が3年近くも閉塞状態に苦しめられることになるとは、全く視野に入っていません。この時の私の体調不良の原因は、もしかすると初期の新型コロナウイルスの影響だったのかもしれません。三度の予防ワクチン接種をしていますが、接種後一度も副作用の体調不良に見舞われることがありませんでした。世界中に流行する前から体内に抗体免疫ができていたのかも……

当時支配的だった空気感の記憶は、完全に消し飛んでいます。世論の関心が各所に分散している時期だったのかもしれません。時間的に至近だから鮮明に記憶があるという訳でもありません。読み返しても、断片的な記憶すら蘇ってきません。強く意識していないことに対する人の記憶はあてにならないものだと痛感します。推理小説では、何年も前の小さな出来事なのに、やけに鮮明な目撃証言が披露されることも多いですが、私はたとえ事件を目撃していても、時間が経過すれば保持できずに、霧消してしまうタイプのようです。

「2024年は最後の平穏な年」が持論

さて、2024年も5月です。3年までは、2020年代前半という趣きだった気がしますが、4の声を聞くと一気に中盤という感覚です。私の場合、偶数年がgood year、奇数年がbad yearという印象があります。なかでも末尾4の年は私にとって、割とラッキーイヤーで、1984年、1994年、2004年、2014年といずれも、好調だった一年という記憶があります。2024年も今の所上々の運気に守られており、調子に乗らずに足場を固める守りの年にしておこうと誓っています。

世界各所で戦争は継続されているし、相変わらず経済動向には先行きの不透明感が漂っているし、じわじわ円安が進んで日本の国際社会での地位低下には歯止めがかかりそうもありません。少子高齢化や地球温暖化といった構造的な問題は鎮座したままであり、日々じわじわとコーナーに追い詰められていっているような閉塞感が強くなっています。悪いことをほじくり出そうとすれば、幾らでも列挙できそうです。変化の兆しは至る所に蠢いているのでしょう。

一方、MLB大谷選手の活躍や、7月に開幕するパリ五輪なんかは数少ない明るいニュースなのでしょうか。「2024年は最後の平穏な年」が私の持論であり、振り返った時、「思えば2024年は日本にとって最後の輝きだったよなぁ……」というようなことになるのではないか、という予感がしています。私の予感が見事に外れることを期待して、日々精一杯励んでいきたいと思います。

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