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魚肉ソーセージとナポリタン 第18話

第18話 名前


兄は子供がつくれない体なんだ。

大学生の時にかかったおたふく風邪が原因で

精巣炎を発症し,精子ができなくなったんだ。

つまり、無精子症でね。

それは、大学卒業後に改めて病院で検査してもらい、

無精子症の診断を確認し、自分で事実を認識してるはずなんだ。

だから兄は、瞳に子供ができたと告げられた時、

すぐにそれが私との子だという事を理解したんだと思う。

しかもそれが双子であると判明した時に

兄は確信したはずだ。

双子の血が受け継がれるのは

それほど高い確率ではないが

兄にとっては調べるまでもなかったのだろう。

むしろ同じ血が流れている子供である事を喜んでいたように思う。

同じ遺伝子が引き継がれる・・・

それは彼の思惑通りだった。

瞳が私との子を身ごもる事で、私の感情は落ち着き、

兄は愛する瞳に子供を産ませてあげられる喜びを感じていた。

しかも、

自分と瞳と弟の、三人の遺伝子が引き継がれる。

結果的に兄の思惑によって、

瞳も、私も、兄も、全員にとって一番いい方法の様に思えた。

私達三人の、強い絆が結ばれたかの様だったよ。

全ては彼の思惑通りに事が運んだんだ。

君達という愛の結晶が、この世に存在する限り

瞳も、瞳を愛した自分も、弟である私も、

愛の証が、愛の記憶が、永遠に生き続ける・・・

ここまでの永剛さんの話を聞いてると、

ということは、あれって・・・

「僕が母さんのお腹の中にいる時の記憶はね、

とても幸せそうだった気がするんだ。

いつも笑い声が絶えなかった様な気が・・・。」

「それは違うわ永遠。」

未来が急に口を挟んだ。

「あなたがお腹の中で感じたのは母さんの表の部分。

私が母さんのお腹の中にいる時の記憶は母さんの裏の部分。

正しく永剛さんといた時の母さんの記憶よ。

確かに永剛さんといる時の母さんはいつも泣いてたわ。

けれど本当の自分を包み隠さずさらけ出せる唯一の人が永剛さんなのよ。

永剛さんとのひと時が、

母さんにとってどれだけ心解き放たれる時間だったか。

私はいつもこの時いつも落ち着いた時間を母さんのお腹の中で過ごせたわ。

永大さんとの時間は母さんが無理をしていたのかな・・・。

もしかしたら、

永剛さんには『愛』で、永大さんには『情』、だったのかもしれない。

母さんが本当に愛していたのは永剛さんだったのよ。それに・・・」

「それに?」

「母さんは薔薇の花が大好きだったの。

だからお店の名前を『ローズ』にしたんでしょ。」

彼は優しく微笑みながら首を縦に振った。

「母さんが死んでからずっと、

仏壇に飾られてある薔薇は不思議と枯れないの。

さすがに水だけは毎日交換してるけど、

母さんが亡くなってから20年間咲き続けるなんて

こんなこと普通ないわ。」

あっ。そういえばいつも

仏壇には薔薇が生けてあった様な気がする。

いやいつも薔薇だけで

他の花が生けてあるのなんて見た事なかったかも。

それでか、『ローズ』って聞いた時何か懐かしい感じがしたのは。

でも僕ってやっぱり男だな。

だって毎日仏壇を拝んでていつも飾られてある薔薇が枯れないのを

何とも思わなかったんだから。

未来が生け変えてるとでも、

いやそれ以前に花が同じ事に全く気付かなかった。

僕は母さんの顔しか見てなかったんだ。

「その薔薇には母さんの魂が込められている気がするの。」

「魂?」

「そうよ、薔薇の花びらが一枚落ちた時、

その時が私に行動を起こせというメッセージの様な気がして

今までその時に行動を起こしてきたわ。

永遠を探し始めた時もそう。

そして、今日という日はあなたが決めたけど

今朝また一枚落ちたのよ。

それは永遠の決めた通り、

今日父さんに会いに行きなさいと

母さんが言っている様に思えたわ。

だから今日私は迷わずにこの場所に来た。

母さんが大丈夫って

背中を押してくれる様に感じたわ。」

母さんは永剛さんを愛していた。

そしてまた彼も母さんの好きな花の名を店の名前にして

今も母さんへの想いをぬぐい切れないでいる。」

「瞳は口癖の様に

『人生に逆らってはいけない、

人間は生きてるんじゃない。

生かされてるんだ。』と。

『時間の流れるままに生きなければならない。』と。

それで、予知した事を私に教えてくれたんだ。

一度目、永遠が私の前に現れた時、決して正体を告げない事。

二度目、未来と一緒に現れた時こそが心通じ合える時だからと。

それまでは何としてでも二人を探そうとせずに

時の流れのままに自然に生きて欲しいと。

だから私はその言葉を瞳の遺言として

絶対守り抜いてやろうと決心したんだ。」

「心通じ合える時、それが今日なのね。」

「『時間の流れるままに生きる』か。」


突然片霧さんが

「そっかぁ。そうだったんだ。」

と、いい事でも思いついた様に大声を出した。

「何々?」

「いや、今思い出したんだけど、

『未来永劫(みらいえいごう)』

って仏教用語で、永遠(えいえん)っていう意味なんだって

誰かに聞いた事があったんだ。

要するに瞳さんは、

お前たちが永剛さんとの子供だと分かっていたから

三人関連する名前をつけたんじゃないかな。

そうだよ、きっと!」

僕は片霧さんの分析を聞いて目が覚めた様な気がした。

母さんは普通の人には分からない形で永剛さんとの愛を、

未来へと続く永遠の愛を

僕たちへの愛情と共にメッセージしていたのかなと。

今まで彼に復讐するために生きてきた僕は

一体何だったんだ。

急に全てが馬鹿らしくなった。

こんな風にして、

僕の復讐人生はあっけなく終わった。

今日、復讐人生に終止符が打たれた。







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