そうか、アスペルガーだったのか。#成人期

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電話が嫌いな本当の理由とその対処法

電話が嫌いな本当の理由とその対処法

最近、携帯電話を解約しました。 携帯電話があるのが当たり前の時代に育ったわたしたちの世代。 中学生になると、クラスの半分はケータイを持っていました。 そんな周りの流れと一緒に、わたしも中学生になり、 親を説得し、ケータイをゲット。 学生時代は、メールを1日に何十通も送る生活を楽しんでいました。 それから14年、計6台のケータイと一緒に育ってきましたが、 この春、一端、ケータイを卒業することにしました。 電話を携帯している。 いつでも電話がかかってくる。 その状況が、わ

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野球中継が “痛い” ?

野球中継が “痛い” ?

野球中継で体調がわかる? わたしのもつアスペルガーの特性として、『自分の疲れを自分で認識できない』というものがなかなかやっかいなのですが、担当医と話しているうちにだんだん自分の疲れのバロメーターを認識する方法がわかってきました。 わたしの場合、いちばん顕著に現れやすいのが、『聴覚過敏』です。 ボリュームの調整機能が格段に落ちる。 すべての物音が同じボリュームになることで、周囲の音がうるさくて、耐えられなくなってくるのです。 そうなったらもう身体が「疲れているから休ませて〜

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ただひたすら見て覚える試験前

ただひたすら見て覚える試験前

紙面をそのまま脳にスキャンする 勉強法ってひとそれぞれ違いますよね。 ・書いて覚える人 ・何度も問題を解いて覚える人 ・声に出して覚える人 ・聞いて覚える人 ・ひとから習って覚える人 etc... そんな中わたしは、『見て覚える人』です。 教科書やノートをひたすら見て覚える。 紙面をそのまま画像として、脳にスキャンするんです。 試験のときは、脳内でスキャンしたノートをめくって、 目的の内容が載っているページをみつけて、 その部分を拡大して、答えにあたる箇所をみつけて、 答

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気づけばシリアルだけで一週間。

気づけばシリアルだけで一週間。

食べ物に執着がない! よくビックリされることに『たべものに執着がない』ことがあります。 興味のあることには、とことん情熱を捧げるアスパーガール。 反対に、興味のないことに関しては、とても無頓着です。 わたしの場合は、それが『たべもの』。 もちろん、好きな食べ物や嫌いな食べ物はありますし、人並みに美味しいかまずいかをわかる舌は持っていると思います。 でも、時間やお金をかけてまで「美味しいもの、身体にいいもの」を食べようとは思わないのです。 衣◎・食×・住△ アスパーガ

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「赤い」ランドセルは、イヤ!絶対!

「赤い」ランドセルは、イヤ!絶対!

女の子は『赤いランドセル』って、だれが決めたの? いまでこそ、ジェンダーで色をわけることはほとんどなくなってきましたが、 私の小さい頃は、まだまだ性別によって特定のイメージがある時代でした。 寒色→男性、暖色→女性、中間色→どっちもOK が当然だと思われていたし、そうであることを求められていたように思います。 もちろんランドセルも今のように、水色や紫、オレンジなどカラフルな色はなく、「男の子は黒!女の子は赤!」というのが当たり前の時代でした。 ランドセルを買ってもらえる

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7:00ぴったりにご飯を食べはじめたい。

7:00ぴったりにご飯を食べはじめたい。

できあがったご飯を前に、じっと待つ。 これは、アスパーガール独特の『こだわり』のつよさのせいだと思うんですが、わたしは『時間ぴったり』じゃなきゃ動けないことがありました。 とくに小学生、中学生のときはその傾向が強かったと思います。 たとえばこういうことがあります。 毎日7時にご飯を食べると自分で決めていたとします。 そして、ご飯が6時57分に食卓に並ぶとします。 そのときわたしは食卓に座り、家族と一緒に「いただきます」をしたあと、 お箸をもたずに7時になるのを3分間じっ

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そろそろ放電タイムです!

そろそろ放電タイムです!

わたしたちには静かな場所でのひとりの時間が必要です。 情報のコントロールが苦手なわたしたちは、不要な情報も受け取ってしまう体質のため、『ひとといること』それだけで過剰なエネルギーを受け取ってしまいます。 『ひと』はもちろん、『音』や『光』『匂い』『振動』いろいろなものに、日々絶え間なく振り回されているのです。 それらが渦巻いた雑踏のなか、つまり都市のなかで過ごすことは、常に莫大な負荷を抱えて生活していることと同じで、スイカ割りをするかのように、ぐらぐらする世界を必死に歩

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「はい。」は言えなきゃだめですか?

「はい。」は言えなきゃだめですか?

「はい。」が言えない子。 ふつうだったら、大きな問題はないのかもしれませんが、 わたしは、「はい。」ということに大きなプレッシャーを感じていました。 自分の中で、心の底から「そうだ、その通りだ。」と思えない限り、 「はい。」という言葉が言えなかったのです。 日本では、とにかくまず「はい。」と言え!みたいな風潮があります。 それを理解できなかったわたしは、「はい。」が即答できないことによって 多く誤解されてきたことだと思います。 1+1=2とは限らないじゃないか。 なぜ「

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