好きな人や物が多過ぎて見放されてしまいそうだ②
大学を卒業して初めて勤めた東大阪の小さな会社。
なかなか内定をもらうことが出来ず、
やっと出た内定。
選ぶ余地もなく、
とりあえず、と思ったその会社には、
本当に大好きな部長がいた。
面接のときから、なんだか面白いおじさんがいる。
とは思っていた。
よく日焼けていて、人の話を「ほぅほぅ」と聞く。
聞いてますよという風に聞く。
笑うときはくしゃくしゃに笑う。
なのに、本当は人見知りで、
ほぅほぅと話をちゃんと聞くのも、
くしゃくしゃ笑うのも、
仕事やからやってるんやわ。
そんなことを言う姿もなんだか可愛かった。
部長は私にはなんだか甘くて、
他の人にはきっちりと叱ったり、たまには激怒なんかもしていて、
社内で扱いにくい上層部の1人、というような人でもあったんだけど、
それはその人見知りゆえだったり、
それはその他人に対する期待があったり、
トップからのプレッシャーがあったりしたからなんだろうなぁと。
なんだか思いながら、
調子の良いときに部長をからかいに言っては、
ヤクルトを奢ってもらったり、
同行営業で車で移動中に運転してもらって横でぽけーっと寝たり、
すごく上からな意見を聞いてもらったり、
愚痴も聞いてもらったり、
よく考えたら、
部長はそんなに話をしていたかなぁ。
私ばっかりだったかなぁ。
いやいやそんなことない。
そうそう、昔の話や、音楽の話、よくしてくれたっけ。
いや、私が寝ちゃってたから断片的なのかな。
それにしても
もう同行営業のときの移動中誰かの運転する車で寝る、
というのはそうそうに出来そうもなくて
いとおしい時間だったな。
心理的安全性が会社の中では必要。
それがあるからこそ最高のパフォーマンスが出来る、
なんてよく言われているけれど、
最高のパフォーマンスが出来たかどうかは全く疑問だけれど
心理的安全性は
誰かのいち信頼があるだけで感じられるもので
誰かの運転する車に乗っているだけでかんじられるもので
とても大切だなぁと思うのだ。
「その仕事の仕方はな、
そうなったんじゃないねん。
そうなるように、そうなるようにしてんねん。」
って言う言葉をよく覚えているな。
私もこの言葉、偉そうにつかうようになりました。
今ではその部長は、めでたく早めに退職して、
新たな舞台で活躍している。
飲み屋のおいちゃんになったのだ。
まだまだかまってね。
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