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豊作の理由

うちの実家には、さくらんぼの木がある。

さくらんぼの木とは、桜の木なのだが、花の後にちゃんと食べられる実ができる桜の木だ。ソメイヨシノなどの桜よりも1ヶ月くらい早く花が咲いて、5月の頭、GWあたりに毎年実ができる。

祖母の家にも大きなさくらんぼの木があり、小さい頃は毎年いとこたちと食べるのを楽しみにしていた。家の庭なので薬品も何も使っていないし、取って食べてプッとその辺に種を飛ばす。今思えばなかなかに品がないが、背に腹は変えられぬというもんだ。

赤い実のなかでもしっかり熟しているかどうかは、取るときにわかる。実を触ってホロリとすぐ軸から外れるものが食べ頃で、外れないものはまだこれからもう少し日に当たって熟したいものたちなのだ。それを知らずに、取りやすい下の方にあるからと言ってまだ色が薄いものをもぎって食べて「すっぱい!」などとぬかすは、これ外道である(言い過ぎ)。
ちょっと!!それまだ!!!とらないでよ!!と、わたしは幼いながらその不憫さを思い、外道の所業によく怒鳴っていたものだ。

そんな桜の木が羨ましいので、実家にも植えてもらったのである。小さかった苗も桜の木なのでどんどん大きくなり、いまはうちの平家の屋根くらいまで高くなった。

お花を植えたりするだけだったちょっとした花壇に植えたその桜の木の根元には、いろんな生き物が埋まっている。昔飼っていた巨大金魚のベンジャミンや、金魚掬いでとってきたけど明らかに金魚じゃなくて長生きしたスティーブ、うちの猫たちが散歩で捕ってきて誇らしげに見せつけてきたネズミや雀やとかげも、みんなお花の栄養になってね、と花壇に埋めてそこらへんにあった木の棒や縦長の石を立てて弔ってきたのだ。



そして最近、その花壇に仲間入りしたのが
15歳くらいの黒猫のにゃーこさんと
16歳くらいのダックスのマシューくんだ。


にゃーこは去年の7月、そしてマシューも追いかけるようにその年の冬のうちに亡くなってしまった。猫嫌いのにゃーこもマシューのことは大好きだったし、2人は仲良しだった。


にゃーこが亡くなった日は暑い夏の日で、桜の根元にかなり深く穴を掘った。つめたい土に痩せた体を横たえて、ふわふわの毛に土をかけるのは正直、心がガリガリえぐられた。生きてる時のにゃーこは気高く上品な猫で、尻尾や手は絶対に触らせないし、下手なことをするとすぐ怒られた。そのにゃーこに土をかけるなんて。ごめんね、今すぐ起きて引っ掻いていいよ、と、これでもうほんとうにお別れだね、が入り混じって、つらくてつらくて、家族3人でおんおん泣きながら土をかけた。

マシューのときも、桜を挟んでにゃーこの反対側に穴を深く掘って埋めた。目も見えず、耳も聞こえず、段差ですぐ躓くようになってたから、不自由な体を捨てて走り回るマシューを想像しながら見送った。



そして、今年のさくらんぼである。



豊作!!!!!


食べても食べても連日赤くなる、見たことないくらいの大豊作だった。種を飛ばしながら無心で食べた。これは絶対、マシューとにゃーこの仕業だよねぇ、と口々に言いながら。



大切な家族だったけど、熱い火で燃やして骨にして近くに置いておくよりずっと良いとわたしはおもう。彼女たちはこれからもずっと、ずっと住んだ大好きなおうちにいて、一緒に季節を楽しんで、GWになったら会えるのだから。



思えば、大人になってからさくらんぼ狩りをするためにタイミングを合わせて実家に帰ってこれたのなんて久しぶりな気がする。夏〜秋はバーベキューや海水浴、お盆、お正月、さくらんぼ狩りなど、家族と季節を楽しむことを大事にできる生き方をできるだけしたいものだ。


まりさ

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