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韓国発の人気作品「結婚商売」の設定考証に全力出した ③時代

③にして本題です。
前稿の最後で、

私はセブランのモデルは15世紀中盤のヴァロワ朝フランス王国だと考えています。フィクションなので他の説を否定するつもりもないのですが、自分の知見の範囲では「それが自然かな?」と思える要素が作中にふんだんにあるためです。

 自稿②より

と書きましたが、先に「なぜ?」のポイントを挙げますと、こういうことです。あくまでも「この地球上の世界の話だったら」ですが。

<時代の推測>
・騎士道精神が残る
・軍装備に火気がない
・甲冑のデザイン
・眼鏡はあるが服飾レースはない

<セブラン王国の位置の推測>
・騎士は中世ヨーロッパの中でも英、仏、独に特徴的な存在
・首都が大陸有数の経済都市
・敵国(アラゴン王国)と陸続きで、カスティリャ王国とも接している
・人名の発音、貴族姓の前置詞が「de」

まずは時代からいきましょう。

ビアンカたちはいつを生きているのか?大まかな区分を探す

キリスト教誕生(西暦)以降のヨーロッパの時代区分は、その大多数の時間が「中世」に分類されます。
前期:5-10世紀
盛期:11-13世紀
後期:14-15世紀

中世と聞いて誰もが思い浮かべるものはなんでしょうか。高い擁壁に閉ざされた城塞都市、騎士、グレゴリオ聖歌、ペストの大流行、十字軍遠征、そんなところでしょうか。

「あれれ、中世って決めつけちゃうの?」という疑問が出るかもしれません。なので先に16世紀(近世)を見てみましょう。
中世の末期に活版印刷が登場し、16世紀(1500年代)になるとローマ・カトリック教皇による絶対的な支配を受ける社会の根幹をひっくり返すようなものが怒涛のように出てきます。活版印刷、地動説、宗教改革、大航海時代による世界貿易や植民地支配といったグローバル化です。文化面では、ピアノの原型であるチェンバロ(ハープシコード、クラヴサン)が16世紀に入ってからの楽器です。
そして「結婚商売」にとって最も大事なことがあります。16世紀はマスケット銃が戦争で使われ始めていて、騎士の時代は終わっているのです。日本にも16世紀半ばに鉄砲が伝来して火縄銃として発展します。そう、織田信長たちがもう生きている時代です。1500年代と聞くと遠い昔に感じますが、今の社会の下地はこの時代に作られたものと言えます。

翻って中世末期である15世紀(1400年代)はというと、前半は宗教改革の前兆となるフス戦争や大シスマが起きていて、イギリスとフランスは百年戦争の真っ只中。まだ、騎士が戦争の中心にいた時代です。
その百年戦争は1453年にボルドーの陥落で終結し、同じ年にビザンツ帝国がオスマン帝国によって滅亡し、コンスタンティノープルを追われたギリシャ人の有識者が北イタリアのフィレンツェ共和国に亡命します。メディチ家が栄華を誇っていた場所です。既にルネサンスの機運が見られたフィレンツェに、西ヨーロッパで忘れ去られていた古代ギリシア文化を知る人達が流入したことは、現在我々が「ルネサンス(ギリシャ・ローマ古代文化の再構築)」と呼んでいる、キリスト教的思想に根ざした文化的抑圧から社会を開放する運動の決定打となる出来事でした。
そう、15世紀というのは、まさに中世という千年に渡る長い長い閉塞的な時代の終わりの始まりの100年だったのです。

装束と小物から細かい時代を探る

今回初めて調べたのが、騎士の甲冑、レース、眼鏡の歴史でした。

甲冑(プレートアーマー、フリューテッドアーマー)

ザカリーが装着しているデザインを見ると、プレートアーマーやフリューテッドアーマーが参考にされていると思います。これらの甲冑は14世紀から16世紀初頭のものです。16世紀になると先述の通り戦場に火気が登場するので、騎士は貴族階級の男性が典礼やスポーツの際に「装う」ものになります。戦場での機動性は関係なくなるので、甲冑は華美かつ重量化していき、ド派手な彫金を施したパレードアーマーへと変わっていきます。
また、作中(原作3巻前半)でザカリーとビアンカの関係性を大きく変える出来事「馬上槍試合」があります。これも14世紀から16世紀にかけて行われていたものです。こうした点から、騎士が軍人として活躍していた14-15世紀がターゲットになります。

装飾レース

ビアンカが「もしザカリーの子を産めなくても生きるために」と目をつけて産業にしようとするのが装飾レースです。
次稿で書くつもりですが、作中(私が現状把握している範囲ですが)では示唆されていないものの、アルノー領や回帰前のビアンカが辿り着いた辺境の修道院は北フランス(フランドル地方の一部に当たる)とするのが自然ではないか、と思っています。
「結婚商売」の中では、「回帰前のビアンカが30を過ぎた頃に流行した」アイテムとなっています。つまりビアンカたちが生きているのは、レースが流行る直前の年代ということです。
このことから15世紀後半という結論になりました。

現在の「レース」と呼ばれるものは15世紀後半から16世紀にかけてのヨーロッパが発祥です。
レース技術はイタリアのヴェネチア、もしくは北ヨーロッパのフランドルで最初に開発されたと言われています。
この時代のレースは修道院で作られ、修道士のローブや宗教的な儀式に使われました。

 アンティークレースの歴史

補筆:さらに絞り込むなら…スペイン王国誕生前

当初このnoteを書き始めたときには「15世紀中盤の…」と書きましたが、ちょっと曖昧でした。
歴史を語る際、100年間の区分は曖昧です。2分割、3分割、5分割もあります。5分割の場合は初頭、前半、中盤、後半、末です。この配分も曖昧ではあります。以前、仕事の関係で調べたことがありますが、9/27/27/27/9(ざっくり)という感じだった記憶があります。私のイメージは最初この3つめ、つまり1450年の前後2-30年間でした。

また、前述の「レースの歴史」のおかげで、装飾レースが登場するのは15世紀後半であることがわかりました。ビアンカは「私が30を過ぎた頃に流行し始めた」と回想しています。本編(回帰後)はその12年前から始まる物語ですから、「結婚商売」の時代は2分割なら1451-12=1439年以降、5分割なら1465-12=1453年以降の、それぞれ早い時期、というのが見えてきます。

もうひとつ、作中に登場する大ヒントがあります。イベリア半島のアラゴン王国とカスティリャ王国の存在です。
学校の世界史で習った方も多いと思いますが、この2国はアラゴン王国のフェルナンド王子とカスティリャ王国のイザベル王女の婚姻(究極の政略結婚)を機に歴史が大きく動く国です。ふたりは「カトリック両王」として2国の共同統治権を持ち、それぞれの先王が亡くなった1479年に「スペイン王国」として統合します。これによって歴史上アラゴン王国とカスティリャ王国の名前は消えるため、「結婚商売」は史実に沿うならば1479年までを舞台にした物語ということになりますが、周辺状況からすると英仏百年戦争終結後の1453年以降〜1460年頃ではないかという印象です。

ちなみにアラゴン王国は史実でもフランスと激しい鍔迫り合いをしていました。この統合も対フランス包囲網政策の一環でした。

 

番外:眼鏡

マンガ版で、執事長のヴァンサンが如何にもなスタイルの片眼鏡を常時はめています。また、ザカリーも書類に目を通すときだけツルつきの両眼鏡をかけます。
ただし、これらは明らかに時代考証を外したアイテムです。
片眼鏡、両眼鏡とも14世紀には存在していますが、片眼鏡は眼窩にはめ込むタイプではなく、両眼鏡も鼻眼鏡のスタイルで、二人が使用しているタイプはどちらも19世紀末の産物のようです。
ただこのへんは"絵ヅラ"を盛り上げるアイテムということで宜しいのではないでしょうか。フィクションですからね。

徹底的な時代考証をされる池田理代子先生も、「ベルサイユのばら」の近衛兵の軍服には、敢えて見栄えの良いナポレオン帝政期のデザインを用いています。

 

次稿は場所について整理します。アルノー領については断片的な情報をもとにした完全な「憶測」とか「だったらいいな」です。




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