カリスティコがミスティコ前夜を語っていたので翻訳した

カリスティコがミスティコ前夜を語っていたので翻訳した

CMLLの公式動画は、カリスティコ(初代ミスティコ)が出ると激しく再生回数を伸ばす。いわゆる数字を持っている選手だ。私も大好きです。

どこが好きかは書ききれないほどあるけれど、まずは女性ファンを特別に意識しないところ。「○○女子」というキャッチフレーズで女性人気獲得を狙う業界が多いなか、常に全員に愛を伝える姿勢を貫くスターは実際のところ珍しい。

インタビューしたとき「世界中で女性にモテて大変じゃないですか?」などと聞いたところ「あまり考えないかな。僕のことは小さな子供たちからお年寄りまで幅広い人が見てくれているから。それに僕はただひとりの女性を愛するタイプなんだ」と満点回答をいただいた。そして「1国につきひとりだけどね。ふふ」とつけ加えておられた。これがスーパースタージョークか。

もちろん試合で見せる華麗な技も魅力だ。技術というより流れが美しくもうCGのよう。コツを聞いたら「相手を見て、跳ねて、跳ねて、飛ぶ」とシンプルな回答だった。まったくわからない。

初代「ミスティコ」は00年代を代表する選手であり、2011年には「シン・カラ」として世界最大の団体WWEへ。その後メキシコに戻りAAAに「ミステシス」として上がったのち、現在は主戦場を再びCMLLに戻し「カリスティコ」として第一線で活躍している。

生まれたときからスターかと思わせる風格のカリスティコだが、もちろんそんな訳はなく、この動画で「人々は僕が華々しくデビューしたと思っているけれど、ルチャドールはみんな無名から始まる。それは僕も同じだ」と、ミスティコになる前の「アストロボーイ」時代を振り返り心境を語っている。

「僕の口から言ったかどうかは覚えてないけれど、2004年まではいろいろあった。アレナメヒコはもちろんアレナコリセオに出るのも難しかった」というレアな話をされていたので翻訳してみた。関連性が高い「故・アロンソ社長へのメッセージ」「100の質問」の翻訳も付ける。

しかも動画では14分あたりから、2004年6月18日のミスティコとしてのデビュー戦も観られる。見るしかないぞ。

■悲しくて泣いたこともあったアストロボーイ時代

彼の出身地は、治安が悪いことで知られる「テピート」という地域。決してリッチとは言えない暮らしだったようで、みちのくプロレス来日時代を知るディック東郷選手が「家族に仕送りをするためなのか、自分の食事は菓子パンで安く済ませていた」と話すのを聞いたことがある。

「僕の口から言ったかどうかは覚えてないけれど、2004年まではいろいろあった。アレナメヒコはもちろんアレナコリセオに出るのも難しかった」というアストロボーイ時代。CMLLのデビューはアレナ・コリセオの第1試合で、その後もなかなかいい機会はもらえなかったようだ。

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明知真理子

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arigato!
ルチャリブレ研究家/プロレス歌人。編集者/ライターとしても活動中ですが、ここではルチャリブレのことだけ書きます。 編集協力:集英社『週刊プレイボーイ』/彩図社『東郷見聞録 世界一周プロレス放浪記』/新日本プロレス「FANTASTICA MANIA」シリーズ公式パンフレット