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nikki 2019/5/31 最後に…

日記を始めて約2か月。毎日書けない時もあった。ネタがなくて、何を言いたいんだかよく分からない時もあった。日記っていうか、ブログっていうか、もう自分でも理解できない内容になった時もあった。毎日書き続けることがこれほど大変なものだと思い知らされた。

日記を毎日書いてみて思ったのは、無理。大変。もうやめたい。

内容のあるものが書けているとも思えないし、書くスピードだって速くならない。アクセス数もそこまで伸びない。別にアクセスを伸ばしたくて書いているわけじゃないけれど、たくさんの人に読んでほしいと思う気持ちはある。日記的なモノを書いて、たくさんの人に読まれているnoteユーザーもたくさんいる。知名度なのか、内容なのか、どちらもだろうけど、そんなこと気にし出したら、何のために書いているか分からなくなってきた。それに、毎日でなくてもいいから、熟考した創作作品を書いた方がいいのではないか、そうも思えてきた。

だから、5月末という、一応区切りの良い時に、もう最後にしようと思った。自分で勝手に始めて、自分で勝手に終わるんだから、誰も文句は言うまい。毎回「スキ」をして下さる人もいる。たまに「スキ」してくれる人もいる。ありがたい。ありがたい、けれど、別に日記じゃなくてもいいんじゃないかと・・・誰に言い訳する必要もないのに、御託を並べてくどくど弁明している気がしている。

一方で私は、”もったいながり”だ。”もったいながり”と言うのは、何につけ、もったいないと思うことである。さみしがり、的な感じで考えてほしい。だからいざやめるとしたら、この2ヶ月はなんだったのかと、その期間がとてつもなくもったいなく思えてきて、やるせなくもなってきているのである。

「せっかくここまで続けたんだから、もう少し頑張ってみたらいいじゃない」と2年習ったピアノをやめようとした時、母に言われた言葉を思い出した。まぁ結局やめたんだけど。当時は、同時期にやっていたバレーボールに専念したいという、強い思いがあった(ピアノも好きではなかったけど……)。そう考えてみると、私はたくさんのことを「やめて」きた。バレーボール、ダンス、サックス、英会話、正社員、アルバイト、ジム通い、書きかけの脚本、作りかけのRAP、読みかけの本、恋・・・まだ完全にはやめてなかったり、また始められたりするものも含めて、でも一旦やめているものがこれだけある。もちろんどうしようもない時もあった。だが、しかしだ。あぁなんということだ、自分を非難してしまう。もしかして人は「やめていく生き物」なのだろうか。それとも私だけが、やめまくっているのだろうか。やっぱりここで日記をやめるのはもったいないことのような気がしてきた。だって、相手や道具が必要なわけでもないし、自分の環境が変わったわけでもない。だから。

私は、やめない。

日記を、やめない。

6月からも書いていく。

たまにサボるだろうけど、まとめてでも書いてやる。

この日記を、

最後に……

しない。

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