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一途なわたし

4月になった。
春。
舞台も終わって時間が出来た。
新しいこともしたい。
元々の趣味もやりたい。

なんて考えていたら、神保町にいた。

一般的には「本の町」と呼ばれているだけあって古本屋さんが駅降りてからずっと並んでいる。まるでニューヨークの五番街に軒を連ねるブランドショップのように、堂々と、そして美しささえ感じるのが不思議だ。

だがお目当てはそこじゃない。もちろん古本屋も好きだけど、わたしにとって神保町はアウトドアショップが並ぶ天国みたいな町。欲しいと思ったものが必ず見つかる信頼のおける町。

でも降り立って少し違和感を感じた。店が減っている?リニューアル?なのか、以前よりも「ほーらここでザック(リュック)売ってますよ~!」「登山靴どう?見て行かない?」みたいなアピールが少なくなった気がしたからだ。メジャーどころの石井スポーツやビクトリアなんかはドドンと構えているから変わらずなんだけど、それ以外の個人商店みたいなお店の圧力が減った気がしたのだ。時期的なものなのか、その理由は分からないが、ちょっとだけ寂しかった。

わたしは登山靴がほしかった。
ここ1、2年ずっと思っていた。買おうと心に決めた靴があった。

以前登山用品で靴をなんとなく眺めていたら、サンダルを履いたわたしの足を見た店員が「お客さんの足にはスカルパですね」と言われた。そして言われるままに試着すると、信じられないくらいフィットした。なんだこの人は。怖い。足を見ただけで分かるのか。なんて能力だ。
あまりに恐れおののいて、買わずに逃げた。(これは嘘。まだ当時の靴が新しかったから)しかしその日からスカルパを想わない日はなかった。登山用品店に行くたびに目でスカルパを探していた。今履いている靴への背徳感もあったが、気持ちは抑えられなかった。でも我慢した。店員さんに聞いても、今の靴が古くなったらでいい、と言われていたし、やはり値段も安くはないからだ。

そうしている内に今の靴(彼)がだんだん古くなってきた。彼と富士山に3回登ったし、百名山も13座登った。他にも一緒にたくさんの山を登った。彼がいなかったらわたしはこんなに山を登っていなかっただろう。初めての彼(登山靴)だった。彼がいることで、登ろう、もっと登りたいと思えた。これは本当。でも永遠に一緒にはいられない。そう感じていた矢先。

誕生日がやってきた。
父から「プレゼント何がほしい?」と聞かれ、咄嗟に答えていた。
「登山靴」
正月に帰省した時に父と一緒に見て回ったどの登山用品店にもスカルパは置いていなかった。東京に戻ってきていくつか見たけれどそこにもなかった。

そして再び神保町。

そこにはあった。

神保町のエルブレス(ゼビオやビクトリア系列のアウトドア店)には見るからに手練れの店員さんが多い。特に靴のコーナーには、登山やキャンプを知り尽くした、しかもベテラン(つまり人生の先輩方)が揃っている。日に焼けて、引き締まっていて、硬派な感じ、こちらから求めないと無駄な説明をしてこない。だから誰に聞いても信頼と安心感がある。

わたしはスカルパ一択だった。するとスカルパの特徴や魅力を丁度いい塩梅で説明してくれた。試着をすると、やはり数年前と同じように彼(スカルパ)はわたしの足にフィットした。一応他の靴も試したが、その違いは明らかだった。あの頃と、わたしも彼も何ひとつ変わっていなかった。

買います。

手練れの店員さんにそう告げた。

「あいよ」(とは言ってない)
職人のように靴を箱にしまって、お会計をしてくれた。

一途な思いは実った。
はやく履きたい。それが今の願い。

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