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2020年映画ベストテン

今年も残すところあと数日…12月といえば映画ファンがそれぞれの年間ベストを発表して今年を懐かしみ、来年に公開する映画を楽しみしながら年を越していくものだ。ただ今年はあまり無邪気に盛り上がるのは難しいかもしれない。新型コロナウイルスによってもたらされた世界的な混乱が未だに終息する気配が見えない中、映画業界も大きな変化に飲まれていった。製作側は思うように映画製作が出来なくなったし、緊急事態宣言の発令により興行側も観客側も大きな空白が生まれた。またハリウッド大作は一部を除いて延期や劇場公開を諦める作品も出てきた。他にも映画業界を巡る労働環境やセクハラ問題など様々な問題も表面化してきた。

そう、今年の映画を振り返ろうとするとどうしても暗いニュースばかりが思い浮かんでしまう。映画に関わらず新型コロナウイルスによって様々な問題が噴出し、いろんなことが制限されてばかりの1年だ。ただそんな中でも明るいニュースはあるし、映画は作られ、公開されていく。今までと同じようにというのはまだ難しくとも、明るい光を灯そうとみんな必死だ。そんな2020年を振り返りながら僕のベストテンを発表したいと思う。

ちなみに今年は劇場公開作品、配信限定作品、ディスクスルー作品合わせて147本の映画を鑑賞した。その中から選んだ僕のベストテンはこのようになった。

1位.燃ゆる女の肖像(セリーヌ・シアマ)

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2位.1917 命をかけた伝令(サム・メンデス)

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3位.ある画家の数奇な運命(フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク)

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4位.ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語(グレタ・ガーウィグ)

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5位.ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ(ジョー・タルボット)

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6位.Mank マンク(デヴィッド・フィンチャー)

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7位.ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー(オリヴィア・ワイルド)

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8位.ウルフウォーカー(トム・ムーア、ロス・スチュアート)

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9位.ジオラマボーイ・パノラマガール(瀬田なつき)

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10位.もう終わりにしよう。(チャーリー・カウフマン)

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このベストテンを踏まえたうえで今年の映画を振り返ってみることにする。

1.明暗分かれる映画環境

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数年前からNetflixやAmazonプライムに代表される配信サービスの台頭によって映画館で映画を見る習慣が消えると囁かれていたが、なんだかんだで映画館も配信サービスもそれぞれの良さを生かしながらお互いに共存し合う関係性を築けていたと思う。しかしコロナ禍によってそのバランスが崩れ始めている。外出自粛と目玉作品の度重なる延期によってシネコンもミニシアターも大打撃を受ける一方で、巣篭もり需要で配信サービスの加入率は増加。そして更に追い討ちをかけるかのようにディズニーはムーランソウルフル・ワールドの劇場公開を取りやめてディズニー+での配信に切り替えたし、ワーナーもワンダーウーマン 1984を皮切りに2021年公開作品をHBO Maxとの同時公開にシフトすることになった。映画館は苦境に立たされ、配信サービスは勢いを増す…たった1年で映画環境のルールや前提が様変わりしたのだ。

そんなバランスの変化が自分のランキングにも現れている。6位のMank マンク、8位のウルフウォーカー、10位のもう終わりにしよう。は映画館で公開された作品もあるが配信サービスオリジナル作品だ。10本中3本が配信サービスオリジナル作品になるのはこれが初めてのことだ。これだけでも映画館と配信サービスのバランスが変わった事が分かる。他にもシカゴ7裁判ザ・ファイブ・ブラッズエノーラ・ホームズの事件簿悪魔はいつもそこにオン・ザ・ロックオールド・ガード続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画ヴァスト・オブ・ナイトなどベストテンに入ってもおかしくないような作品が配信サービスからどんどん公開されている。しかも作家性もきちんと担保された良質な作品ばかりだ。

もちろん映画館だって負けてはいない。映画館という特殊な環境を選び、作家性が際立つ作品だってもちろんある。特に1位の燃ゆる女の肖像、2位の1917 命をかけた伝令は間違いなく映画館で見るべき映画だ。他にもパラサイト 半地下の家族フォードVSフェラーリミッドサマーTENET テネットスパイの妻ホモ・サピエンスの涙などは映画館という場所がなかったら出会えなかっただろう。だからこそ映画館も配信サービスのどちらも欠けることなく上質な作品を届けてくれることをいち映画ファンとして望むのだが…果たしてどうなってしまうのだろうか?

2.女性達の力と絆

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#MeToo運動の高まりから数年が経ち、女性達の絆や団結、フェミニズムといった女性を取り巻く事象を描いた作品が例年以上に沢山公開され、しかもどの作品もクオリティが高かった。1位の燃ゆる女の肖像では限りある僅かな時間の中であらゆるしがらみから解放されてのびのびと人生を謳歌し愛を深め合う。4位のストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語では経済問題として立ち塞がる結婚をテーマにしながら四姉妹の仲睦まじい生活と人生の選択を描く。7位のブックスマート 卒業前夜のパーティデビューは大きな世界に羽ばたこうとする少女達が一夜で青春を謳歌する過程で世界の広さを学びながら友情を更に親密なものにしていく。8位のウルフウォーカーでは人間の世界とオオカミの世界が対立する世界でお互いに手を取り合って唯一無二の絆を育む。また10本中4本が女性監督による映画だったのも初めてのことだ(セリーヌ・シアマ、グレタ・ガーウィグ、オリヴィア・ワイルド、瀬田なつき)。

他にもありふれた日常に潜む男尊女卑を描き出す82年生まれ、キム・ジヨンはちどり、セクハラやセカンドレイプといった問題をヒリヒリするようなサイコホラーに仕立て上げた透明人間、FOXニュース創設者によるセクハラを告発しようとする女性達の戦いを描いたスキャンダル、ウォール街の男達から金をむしり取るストリッパー達の痛快な団結を描いたハスラーズなど女性をテーマにした印象的な作品が多かった。そしてハーレイ・クインの華麗なる逆襲 BIRD OF PREYワンダーウーマン 1984エノーラ・ホームズの事件簿といった大作映画にもその流れは確実に波及し、先進国の中でもジェンダーギャップ指数がかなり低いと言われる日本でも私をくいとめて本気のしるしタイトル、拒絶VIDEOPHOBIAといったフェミニズムに根ざした作品が沢山作られている。またこういった作品群は男性性に対する疑問や有害さにも言及する作品が多いのも特徴的だ。

それだけ世界中で女性の権利について考えられているし、不平等を是正しようとしている。そしてもう誰も性別の違いに苦しめられたり、当たり前とされた価値観に囚われたくないという意識がはっきりと出た1年だったのではないだろうか。

3.アートがもたらす真実の力

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コロナ禍によって映画館で映画が見れなくなってしまった事で改めて映画の素晴らしさを実感したのだが、今年は映画に関わらず表現やアートが持つ力強さや素晴らしさにまつわる作品がとても印象的だったように思える。1位の燃ゆる女の肖像と3位のある画家の数奇な運命では絵画や現代アート、4位のストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語では小説、5位のラストブラックマン・イン・サンフランシスコでは演劇、6位のMank マンクでは映画と様々なアートや表現が確固たる真実やその人達にしか分からない心情、自分らしい人生、虚実への誘惑を表現している。

他にもジュディ 虹の彼方に、WAVES ウェイブスにおける音楽やラストレター劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデンにおける手紙、劇場における演劇、ザ・ピーナッツバター・ファルコンにおけるプロレス、海辺の映画館 キネマの玉手箱、ペイン・アンド・グローリーにおける映画、劇場版 SHIROBAKOにおけるアニメ、スウィング・キッズにおけるタップダンスなど様々なアートや表現が印象的に登場し、その力や尊さを改めて実感させてくれた。

こういったアートや表現は真っ先にコロナ禍の影響を受け、日常から姿を消してしまった。その空白の時間に過ごした日々はなんともいえない息苦しさに満ちていたように思える。確かに衣食住が整っていて、生活が出来るだけの仕事があれば生きていけるのかもしれない。でもそれだけでは人生を生きていく意味や喜びは見出せない。アートや表現は人生に彩りを与え、多くの出会いをもたらしてくれる…魔女見習いをさがしてで描かれていたような好きなものを共有できる仲間とともに楽しい人生を送ることがまた当たり前にできるようになればいいのにと願わずにはいられない。

4.失われゆくものへの郷愁と青春映画

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僕は永遠ではない時間や風景をスクリーンに封じ込めようとすることに意識的に取り組んでいる映画が大好きだ。例えば新海誠作品における東京の情景や運命的な出会い、すれ違う切なさがまさにそれである。そういった失われゆくものへの郷愁に心が突き動かされてしまう。そういう意味で素晴らしかったと感じたのが5位のラストブラックマン・イン・サンフランシスコと9位のジオラマボーイ・パノラマガールだ。

ラストブラックマン・イン・サンフランシスコでは祖父が建てた家にこだわる男の姿から自分の知っている場所が変わっていてしまうことへの物悲しさが滲み出る。かつて住んでいた場所は裕福な白人層が住んでいるし、黒人のコミュニティにはどうにも馴染めない。それでもこのサンフランシスコのことが嫌いになれないでいるし、黒人としてのアイデンティティがないわけじゃない。そんな複雑で繊細な葛藤が心にずっと残り続ける。まさに失われた風景や故郷への郷愁と解放が見事に描いた傑作だった。

一方でジオラマボーイ・パノラマガールでは新海誠的なるものへのアンチテーゼが随所に散りばめられる。東京の情景、すれ違いのモチーフ、ボーイミーツガールはまさに新海誠の十八番であるが、運命的で向こう見ずな恋なんてないとあしらってみせる。そこにあるのは若者達の刹那的で空虚な反抗や大人になることへのもがきだ。それらは東京の冷たいビル群と対比され、取り残されているような不安に駆られてしまう。実際には東京の冷たいビル群は退廃の象徴であり、若者達の方が上を向いているし青臭い理想を信じようとしているにも関わらずだ。妙に抜け切らない90年代感や青臭い会話のやり取りが鼻につく人もいるかもしれないが今作もまた大人になったら忘れてしまう感情を切り取ろうとしている。

思えば青春映画と失われゆくものへの郷愁は切ってもきれない関係性にある。そして今年はのぼる小寺さんアルプススタンドのはしの方君が世界のはじまり思い、思われ、ふり、ふられ佐々木、イン、マイマイン青くて痛くて脆いmid90s ミッドナインティーズといった素晴らしい青春映画が沢山あったのもすごく印象的だった。なぜこんなにも失われゆくものに心揺さぶられるのか…それはコロナ禍によって様々なものが失われた事とシンクロしている部分もあるのかもしれない。

5.分断と対立、そして調和

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移民問題、人種差別、経済格差、保守派とリベラル、性差別、戦争…SNSの普及によって分断や対立が鮮明に可視化され、露骨に二極化が進んだ現代において映画もまた分断や対立を捉えようと必死だ。パラサイト 半地下の家族ではどうすることも出来ない貧富の格差をまざまざと見せつけるし、レ・ミゼラブルでは人種の坩堝となったパリ郊外で巻き起こる対立が取り返しのつかない事態へと発展する。またナイチンゲールでは国、人種、性別の3つの対立が詰め合わさったタスマニアを舞台に夫を殺された女とアボリジニの男が復讐に囚われ、ルース・エドガーではリベラルな土地ですら残っている黒人達の苦しみやプレッシャーが滲み出てる。そして戦争はあらゆる分断と対立の頂点に立つ。娘は戦場で生まれたの衝撃的な光景や異端の鳥で描かれた狂乱に囚われた市井の人々の姿はどうしたって忘れられない。そういえば男と女の破局を耐え難い苦しみでぶつけるミッドサマーもまた分断の映画と言えるのかもしれない。

それでもなお、調和や対話を諦めないことを描いた作品もあった。ジョジョ・ラビットでは家に匿われていたユダヤ人女性との交流を通じて憧れの対象だったナチスに対する疑問を抱くようになるし、SKIN スキンでは白人至上主義者だった男が愛する女性のために刻まれたタトゥー=罪を消そうともがき苦しむ。シカコ7裁判ではリベラル派の脆さも描きながらもそれでもなお高らかに不正義に立ち向かう。そして8位のウルフウォーカーでは人間とオオカミが対立しあう世界で2人の少女が手を取りあい、調和が生まれる。

分断や対立が存在することはもう誰の目にも明らかだ。そうした現実を突きつける映画を見るたびになんともいえない感覚に囚われる。今まで直視してこなかった自分の愚かさや無知さ、どうすることもできないという無情感…いつも映画に気付かされてばかりだ。そういった映画を上半期ベストでは多くを選出していたのだが、年間ベストでは選外にしてしまった。多分この1年がとても辛くて息苦しかったことも影響していると思う。まだ明るい兆しは見えないけど少しでも希望が持てるものに自分の気持ちを乗せたくなったのだ。


…とこんな感じで今年の映画を振り返ってみた。結果的に例年と同じぐらいの本数を鑑賞できたけど、やはり何か大きな穴がすっぽりと空いてしまったような1年だったかもしれない。来年こそは充実した1年になればいいなと願いながらこの記事を締めたいと思う。

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