お金とわたし。

こんばんは。
すごく久々に記事を書きます。

今日のテーマは、「お金」

すごく苦手なワード。

お金を扱うのに、自分の中にある色んな気持ちが騒ぎ出す。

最近、私がよく似た体験していることに気付いた。それは、先に私が支払い、みんなからお金を後でもらうと言う時に、よく忘れられる。ということ。そして、そのお金を払ってということにとても抵抗があるということ。

堂々と◯◯円下さい。と言えばいいのに、言おうとすると怖くなる。恐怖という表現がピッタリ。なぜ、そうなるのかが分かんないけど、結局言い出せずに時間だけが過ぎていく。

そんなことがよく起こるなと思う中で、先日また起こった。そして、相手に思っていることなどお金に関してのことを打ち明けると、号泣している自分がいた。

どんだけ怖いの?って感じだけど、本当に怖い。自分でも不思議だけど、体が反応する。

いったい内側で何が起こっているのか。

内面を辿っていくと行き着いた先は、母との関係性だった。わたしは、貰えない。与えてもらえないという信念だった。その自分の中にある痛みは壮絶で、「本当は欲しかった。」という言葉を口にするだけで、怖くて言えない自分がいた。拒絶されたりとか、叶わなかった痛みから、わたしは与えて貰えないという信念をつくったのだと思う。

そう感じていると、子供の頃の七五三を思い出した。3人兄妹の末っ子で、なぜかわたしだけ七五三をしてもらえなかったのです。上2人の写真はあるのですが、私が写っている写真かないのです。その時、わたしはもらえない。と思ったのかなと。母は、どちらかというと初孫であった姉のことが大好きで手をかけていたイメージ。兄も初めての男の子だったので、優しくされていたイメージ。本当のことは分からないけど、自分の中ではそう見ていた感覚。

母とは違い、父は優しかった。末っ子のわたしによく手をかけてくれた思い出がある。母ももちろんいっぱいの愛情をかけてくれたことはよく分かっているが、認知としてそう受け取ってる自分がいることが分かった。

上2人は、可愛いからやってあげたいという感じで、わたしに関しては、アザがあるからどちらかというと、そのアザの対処の方で親が構ってくれていた感覚が強い。どうやってこのアザを無くしてあげようか、このままでは可哀想だという表現をよく感じていた。もちろん、それが愛情だともわかっているけど、上2人とは違う手のかけ方を無意識で感じていたのかも知れない。

正直今となっては、そんな大したことないことでモヤモヤしてるなんてとも思ったけど、そこの信念からわたしが今創り出してる世界が残念すぎた。ようやくそこの源に触れた感覚があって少し嬉しい気持ちもあるが、痛みと哀しみが強い。

このことと向き合うには、母に話すということが大事だということを聴いて、話すことに決めた。

母に逢いに言って伝えた。

自分は与えてもらえないと思ってしまった。だから、人に求めることがすごく怖くなっていること。そして、それはもらえなかったらもっと悲しいから、求めることすらしなくなったこと。だけど、これは、わたしの体験から創り出したこと。母がわたしに無償の愛を与え続けていたこともわかってるってこと。責めたい訳じゃない。全てを含めて伝えた。ただ、話を聴いて欲しかったということも。

泣きなら話すわたしに、母は少し驚いた表情でうんうんと聴いてくれた。母の色んな気持ちも話してくれた。七五三は、別にあなただけにしたくないとかのいう気持ちはなかった。ただ、3人目ということで、あまり心に余裕がなかったと。ごめんね。申し訳なかったと。

お母さんをやっぱり責めてる感じに感じて、責めたい訳じゃない。ただ、そういう風に自分は受け止めてしまって、今もそう思っていてということに気付いたから、このことを完了させたくて話してるってことも伝えた。

母は、何でも話してくれたらいいよ。受け止めれるから。と。麻里にもアザの心配からの愛情のかけ方ではなく、あなたにそのままでいいよという愛情をかけてあげればよかったね。わたしも分からないことや上手くいかない子育てでどうやったらいいか分かんなかったから。ごめんね。と伝えてくれた。

母は、ずっと話を聴いてくれた。

こうやって母の前で号泣するのも恥ずかしいし、嫌だと言うことも伝えた。

じゃあ母は、なんで?泣いても大丈夫だよ。とそのままでいさせてくれた。

最後に、母にリクエストしてみた。わたしは、ここ最近母に母の日や誕生日など手紙を書いて渡している。そこに、手紙のお返事欲しいと言ったがスルーされていた。なので、母からの手紙が欲しいと求めてみた。手紙書くの苦手だからと言われたけど、欲しい!と言っておねだりしてみた。

じゃあ、書いて渡すねと言ってくれた。

なんか、真っ直ぐ母に求めてみることは何も難しくなく、シンプルなんだなと感じた。もしかしたら、母を傷つけることを言ったかもしれないけど、こうやって自分の中にあることを親に伝えられる。そして、そこから話ができることが嬉しかった。

やっぱり、大切な人にはちゃんと伝えたい。

母と話せてよかった。

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