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1日4時間は長い?短い?

土を耕して野菜を育て、大豆をつかって味噌や醤油をつくる。
布を織ったり染めたり、服をつくったり。
湧き水を汲みにいくとか、火をおこすために薪をつくるとか。

こういうのを最近は「ていねいな暮らし」と呼ぶのかもしれないけれど、「生きていくために必要なしごと」でもあるんだと思う。

「例えば明日からしばらく、流通が止まったらどうする?」
最近ご一緒させてもらっている古民家の大家さんとそんな話していて、「やっぱり自分たちがこの地で生きていく力をつけるって大切かもしれない」という話になった。

「現代にそんな時間ないよね」て、言い訳したくなるけれど、彼曰く「そういうしごとは昔から、一日4時間もあれば十分できる」のだという。

生きていくのに必要なことに費やす時間、一日4時間。

頑張れば確保できそうな、絶妙な長さだと思った。そして今だってきっと私たちは、生きていくための活動にそのくらいの時間を費やしているのではないかとも思った。ガソリン代や車の維持費、野菜や肉を買うお金、水道代、電気代、4時間を短くするために、しごとを少なくするために払っているお金もあるのだと思う。

最近我が家では庭に畑をつくっていて、卵を産んでくれるチャボを育てている。大変かなと思ったけれど、はじまってしまえば日々のしごとは朝夕の水まきと草取り、餌やりと掃除。足してもせいぜい30分くらいのことだった。

じゃあ残りの3時間半を、わたしはなににつかっているんだろうかと、なにを選んでいるんだろうかと、彼の話を聞いてからたまに考えている。まだまだいろんな可能性がありそうな気がしてくる。

生きていくのに必要なことに費やす時間、一日4時間。短くすることばかりを考えず、そればかりにお金を投じず、確保できるくらいの余裕を持って暮らしたいなあとぼんやり思っている。

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