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生きてるだけでいい

なんか最近考えていたことが
いろいろ繋がってきて
言葉になりそう。

11月15日までの限定アーカイブ配信。

知り合いからのおすすめで
#1101の学校っていう
伊集院光さんと糸井重里さんの対談を聞いた。

この中でも話されていたことで、
まさに私も価値を見出そうとしていたところと
重なったので。

余白。遊び。無駄。

技術が進化して効率化したり、
業務が細かく分けられたり、
近道を探しているうちに見落とされている部分。

例えば、
移動時間。待ち時間。
まわり道。
映画の予告編。
授業中の先生の脱線話。

目的地への最短経路から見たら
はみ出している道。

でもそれって、
本当にいらないものだろうか。

新幹線ができて、移動時間が格段に短くなった。
出張でも旅行でも、非常に効率的である。

しかし、その移動時間で
上司と普段会社ではしないような他愛もない話をしたり、
景色の変化を楽しんだり、
そういう「余白」の楽しみ方があったのではないか。

アマプラやネトフリではなく、
わざわざ映画館へ行って、予告編から観て、
新たな出会いがあったり。

授業中の脱線話。
これを楽しみに授業を聞いてた人は多いのではないか。

私はこれを聞いて、とても納得した。

たしかに、
「便利さ」や「効率的」とは離れるかもしれない。

でもこれって、
人間にしかできないことでもある。

機械はミスをしたり、
気まぐれで回り道をしたり、
プログラムにないことはできない。

人間は
あえていつもと違う道を選んだり
そこで生まれる新たな出会いを楽しんだり
時には、気が乗らずに停滞したり

それってものすごく人間らしい。

私は、そんな人間が人間らしさを発揮できる
「余白」や「遊び」を生み出す場所を
つくりたい。

そう考えると、
人間の言葉や行動、全てに意味があって
それがすぐに何かを生むわけではなくても
どこかで何かとつながっているかもしれなくて
そんなことを気長に待てるようになったら

心から
生きてるだけでいい
って言えるのかもしれないなぁと思ったのです。

そんな生き方がしたい。

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