のっぺらぼうの美人
私には生まれつき、
自分の顔だけが見られない
という呪いが宿っている。
のっぺらぼうの呪いというらしい。
鏡をみても顔の中身がツルツルで
何もないのである。
せめて服や髪型は清潔にしておこうと
精一杯努めるけれど、
みんな
視線を向けると目をそらす。
近づくと距離をとられる。
笑いかけると、思い詰めたような顔をする。
きっと、私の顔はひどいのだろう。
家族に聞けば、いつだって
大丈夫素敵だと言ってくれる。
それはきっと、家族だから。
素晴らしい家族愛に恵まれた。
だけども寂しい。
せめて自分の顔が見られたなら。
化粧や、整形という手だってあるのに。
これでは誰かと心を通わせることなんて、
きっと一生無理だ。
忌々しいこの呪い。
ある日、一人の男と出会った。
服も髪もボサボサで、
背中も曲がっていて、
以前にどこかで会っていたとしても
思い出せないような、印象の薄い人。
私に言われるのも癪だろうが、
パッとしない人だなと思った。
彼は言う。
「君は、なんて美しい人なんだ。
君みたいな人に、初めて会った。
息を呑むほどだよ。感動で心が震えるよ」
私は馬鹿にされているのだろうか。
それとも今から、
高額商材でも売りつけるための
リップサービスなのだろうか。
とても信じられないし、
彼の目的ばかりを探す日々。
だけれども会うたび
「君は本当に美しい」
「中身は愛らしいんだね」
「綺麗。最高だよ」
「君が笑うと心躍るよ」
歯が浮いて、
宇宙の彼方まで飛びそうな賞賛を浴びて、
いよいよ私もおかしくなってしまった。
鏡に映るツルツルの顔を見るたび、嬉しくなる。
私は本当は、美しいのだと思えてくる。
性格はお茶目で愛らしく
何をするにも最高で
笑うだけで人を幸せにする。
自分はそんな人間なのだと、
そんな気がしてくる。
パッとしなかったはずの彼は、
キラキラと輝きだし
眩しくて顔が見られない。
彼に会うたび気持ちが跳ねる。
私は、恋をしていた。
彼は言う。
「もしもその呪いが解けるなら、
君は何を差し出す?
自分の本当の顔が知りたくない?」
自分の、本当の顔。
顔のことも、他人のことも
最近はすっかり気にならなくなっていた。
本当の顔を知って、私は何を得るんだろう。
何を指し出すんだろう。
何なら差し出せるんだろう。
「何も、差し出せないわ」
自分の言葉に驚いて、そして思い知る。
私は幸せだった。
「満足してるの。全部揃ってるわ。
あなたと出会って、幸せだから。
これから先、
自分の顔が見えないままだって、大丈夫。
自分のことも、人のことも、
きっとこのまま愛していけるわ」
そう言った私は泣いていて、
それを聞いた彼も泣いていた。
泣きながら、
私たちは顔いっぱいに笑みをたたえた。
「ずっと一緒にいてほしい」
私がそういうと、
彼は潤んだ目を見開いて
天井を仰いだ。
そしてゆっくり下を向き
足元を見つめると、
もう一度こちらを向いた。
私を真っ直ぐに見つめた。
「ずっと、一緒にいる。
ずっと一緒にいるよ」
笑顔で噛み締めるようにそう言って
まるで私に吸い込まれるように近づくと、
肩を抱き、ハグをして、
そして本当に
私の中に吸い込まれてしまった。
彼は消えてしまった。
一瞬のことだった。
それから後のことは正直覚えていない。
干からびるほど泣いたのは確かだ。
泣いて泣いて
布団にこもり
泣いて泣いて泣いて
何時間、何日、経ったのか。
朝焼けの光に気づいて起きあがると、
鏡が目に入った。
私が映っていた。
ツルツルではない、
目と鼻と口がついた顔が映っていた。
ずっと泣いていたせいか
輪郭は浮腫み、目も鼻も赤く腫れ
唇はカサカサで、妖怪みたいだと思った。
「全然、美しく、ない…じゃん。ハッ」
馬鹿みたいで、笑えてくる。
こんなのが私の顔かよ、
「ひどい顔……」
彼はいったい何を見ていたんだろう。
私はいったい何を聞かされていたの?
私は美しくはなかったし、もう、彼もいない。
「美しいよ。
こんな人、初めて会った……」
彼に言われてきた言葉を、小さく、繰り返す。
「最高だよ」
「感動で心震えるよ」
もう一度、鏡を見る。
どうしようもない自分を、自分の目に映す。
笑おうとすると、
浮腫んで腫れたカサカサの顔が
鏡の中でニタリと歪んだ。
「ハハッ。かわいい。最高」
馬鹿みたいで、悲しくて、涙が落ちる。
まだ泣ける。まだまだ泣ける。
こんこんと湧き出る涙の泉が、
私の中に出来てしまった。
だけど、なのに、胸は温かかった。
「ずっと一緒にいるよ」
繰り返すたび涙は落ちて、
空っぽな言葉に温もりが宿る。
彼は消えたけれど、全部揃っている。
自分のことも、人のことも、
愛していけると思った。
泉は枯れない
だけど胸は温かくて
おまけに私の背筋はスッと伸びていた。
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