文系4大卒がゲームプランナーになって何でもやるようになった結果、7年も愛されるゲームを届けられた。
いきなりまとめ
文系4大卒の私がソシャゲデベロッパー会社に新卒入社し、
「何でもやってやろう!」というオールラウンダーなプランナーになった。
何でもやることによって全体を把握・対応しやすく、効率化を繰り返し、できた余裕でサービス改善・プロジェクト改善ができた。
その結果、7年もユーザーに愛されるゲームを提供できた。
----------以下、詳細です----------
Q.どうしてなんでもやることになった?
A.人が足りなくてやらざるを得なかった。
新卒で某ソーシャルゲームデベロッパー会社に入社。
携帯ブラウザのソーシャルゲームがはやり始めた時代だったので、会社にまだノウハウがなかったり、教えてくれる先輩や体制がなかった。
▼私がいたチームのメンバー
・プランナー2人(2人ともゲーム業界未経験)
・エンジニア3人
・デザイナー2人
▼私の初期スペック
4大文系 新卒
HTML&CSSでWebサイトを作る程度の言語理解力
RPGツクールや吉里吉里を触ったことがある
ネトゲを小学校6年生からやっている
ちょっとだけイラストを描ける
――やれるかどうかじゃない、やるしかない。
①ルーチンワークを覚えて効率化
当時やってたルーチンワーク
・仕様書を書く
入社したての頃は仕様書の書き方がまったくわかりませんでした。
フローチャートを知らなかったので、チームのエンジニアに書き方を教わり、データの処理や画面遷移のフローを書くようになる。
デザイナーにざっくりでいいから画面のイメージを図で書いて欲しいと言われ、Excelで画面イメージを書き起こす。
これにより仕様の認識齟齬が激減&効率アップ。
・カードイラストや演出の要件書を作る
イラストレーターにどんなカードイラストを描いて欲しいのかを言語化し、要件書のテンプレートを用意したり、一覧表をつくったりして効率化。
当時は演出のアニメーションにはFlashを使っていたので、ガラケーでも表示できる100kb上限に気を付けつつ、絵コンテを切ってました。
・レベルデザイン&マスターデータ作成
とあるやり方でクエストを行うと無限にレベルアップできてしまうバグ並みのレベデザをやらかす。
……シミュレーションすることを学びました。
そしてヒューマンエラーを防ぐためにマスターデータチェック用のExcelを作成。
・デバッグする
CSに不具合報告が殺到しており、redmineに膨大なチケットが蓄積されていたことを知る。
すでに上がっている不具合の対応をしながら、デバッグの精度をあげることに。
デバッグ用にチェックシートを作成し、デバッグ期間をしっかり設けてスケジュールを見直した。
・KPIやユーザーデータを見る
DAU…その日遊んでくれたユーザー数。落としてはならぬ。
売上…自分たちのお給料になる。落としてはならぬ。
アイテム所持数…持て余させてはならぬ。セールをやりすぎてはならぬ。
イベントの参加率、到達率…そのイベント、ちゃんと楽しまれてる?というのを確認する。
というくらいの認識で1年目は必死に運営してました(雑)
②改善&顧客満足度の向上
ルーチンワークの効率化によって多少なりともチームに余裕ができるようになったので、諸々の改善を行いつつ、コンテンツの充実を重点的に行っていました。
・利便性の改善
・毎回ボタンを押さなくてはいけないところを一括で行えるようにする。
・コンテンツが増えたのでショートカットメニューを追加する。
・イベントシナリオをイベント終了後にも読めるようにする。
今となっては当たり前のことも当時は全然できてませんでした。
・CSの改善
デバッグの精度をあげたことで不具合自体は減ったものの、
お問合せへの対応を良くしてほしいという要望が度々上がっていた。
CSメンバーにリリースする施策の情報を事前に共有し、連携を高めることで、お客さんへのレスポンスの速さ・精度を高めていった。
・コンテンツの充実
ゲーム内のシナリオにや演出、カードイラストのクオリティを上げたり
他の版権とのコラボレーションやコミック、小説化をしたり
作品として顧客満足を高めてファンを定着。
※当時ソシャゲのシナリオにはあまり力を入れない風潮でしたので、根気強く実績を残し、価値があることを証明しました。
③チームとビジョンを意識
私は相変わらず運営に全力でしたが、その頃の私はゲームの運営は出来てもプロジェクトの運営はよく分かっていませんでした。
中途で入ってきたマネージャーが「チームビジョン(目標)」や「チームでの振り返りのやり方」などを教えてくれたおかげで、より一丸となってゲームを作れるプロジェクトになりました。
元から良い人たちが集まっていたのですが、本当の意味で良いチームになりました。
7年間愛されるゲームに成熟
自分たちのお客さんへの愛が伝わり、お客さんから愛されたそのゲームは古いシステムのゲームながら、ご長寿タイトルとなっていました。
オールラウンダーなプランナーとして、何でもやって良かったなと思いました。
その後も何でもやってた
デベロッパー会社から転職しパブリッシャー会社で
さらにオールラウンダーにディレクションをやっていました。
・仕様書作成 ・データ作成 ・デバッグ
・シナリオ執筆 ・イラスト制作 ・クリエイティブ制作
・収録 ・音声編集 ・スクリプティング
・外部折衝 ・クリエイターの進捗管理 ・契約書、発注書関連
深夜のオフィスで壁ドンポーズで自撮りし、その写真をもとにイラストを描いていたのを誰にも見られてなくて本当に良かった。
そして、現在の勤め先であるデベロッパー会社へ。
理由は「やっぱり自分はゲームを作りたい。ユーザーが何か行動してゲームが応えるような双方向性のエンタメが作りたい」
なぜそもそもゲーム業界に?
私はネトゲが大好きだったので、好きなものを嫌いになるリスクを避けるために「大好きなゲーム業界だけには就職しないぞ」と考えてました。
しかし、就活を通して私はあることに気づかされました。
「ゲーム会社の方が選考が進みやすい」
ゲームが好きで、趣味でやっていることもクリエイティブ系。
興味関心、知識が他の分野に比べて突出してました(そりゃそうだ)
しかし、大好きがゆえに当時の市場的に色々思うところがあってネトゲは避けたいと思って、これから市場が盛り上がっていくだろうと予想していたソシャゲ業界に飛び込みました。
※当時のソシャゲ業界は黎明期でゲーム会社以外もいろんな企業がチャレンジできる場でもあった
今はオールラウンダーなプランナーとしての知識・経験を活かして、ゲーム作りのサポートをしたいと考えているので、現在勤めている会社では新卒研修や勉強会運営などを担当させてもらっています。
他にも出来ることは色々ありそうだと毎日楽しく仕事をしています。
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