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毎年使い切れないのに今年も手帳を買ってしまうのには訳があるはずで

この時期にSNSを開けばあちらもこちらもハロウィンかセールか手帳の話題がぎゅうぎゅう詰めなのだけれど、私は手帳に関してはある時から買い方を変えている。

以前は、大人気のほぼ日手帳を買っていたこともある。ロールバンとか、モレスキンとか、デルフォニクスとか、365デイズの小さめのも大きめのも使ったことがあったり、とにかくあれやこれやと模索して毎年うんうん唸りながら選んでいた。昔はネット情報よりも雑誌の手帳特集の方が情報源だった時代もあったから、おしゃれっぽいファッション誌におしゃれっぽくレイアウトされた各種手帳のページを熟読しながら吟味した上でいざ売り場へ向かい、ロフトや東急ハンズの売り場でまた目移りしてうんうん唸るというのを繰り返してきた。

そして空白ページがたくさんある手帳を毎年のように使って、何冊も積み重なり、処分に困り、けれどもこれが残ったまま死ぬのはなんか嫌だなと感じるようになったら一気に全て捨ててしまいたくなり、けれどもここで「結構これ高かったんだよなあ」と思うと謎の貧乏性が出てきて捨てられず、悶々としていた。

結果的に自分なりのルールを決めて確定申告に必要な書類の保管期限と手帳の保管期限を同じにしてしまう、ということにした。捨てるための仕組みをシンプルにすることで、処分するときも、まとめてスッキリ処分しやすくなった。

そんなことを繰り返しているうちに、一つの疑問が湧き起こってきた。

私はなぜ、使いきれない手帳を毎年高いお金を払って買うのだろう。

そこでひとまず、手帳にかけられる予算を低減してみることにした。
仕事用の手帳を、シンプルなノートにカレンダーから手書きしてみたりもした。
色々試した結果最近落ち着いているのは、ナカバヤシのノートタイプの手帳だ。
薄くて書きやすい紙質でデザインも色々あって、日曜始まりのカレンダーも選べて、そして何よりも値段が手頃なため、処分するときの罪悪感も減らせる。空いたページへのモヤモヤも減らせる。なんかいいぞ、と思い使い始めたら、予想以上に私に合っていたようで、ここ最近は立て続けにこのシリーズを買っている。

さて、ここまで手帳界隈をぐるぐるとしてきて、最近やっと気がついたことがある。
高額でデザイン性も機能性も高そうな手帳を、使いきれないかもしれないと思いながらもなぜか毎年買ってしまう理由は、おそらく

「これを使えばきっと未来の私は今よりもステキになれるはず」

と思っているからではなかろうか。

これは手帳のみながらず、どんな商品を買う時にも言えることかもしれない。

この服を着さえすれば、私は変われるはず。
この手帳を選んで持ち歩けば、未来の私はキラキラ輝くはず。
この天然石ブレスレットさえつければ、うんぬん、かんぬん。

消費行動というのは、こうやって発生するのかもしれない。

ちなみに、ファッションも第一印象を大きく左右するものだし、身につけるものや手にするもの、毎日使う日用品を蔑ろにして良いとは全く思わない。それらがじわじわと自分に作用してしまい、影響を与えているのは間違いないと思う。

けれども、ここには似ているようで大きく違う落とし穴が開いていて、例えば手帳について言えば、

可愛くて品質も良い高額な手帳からあなたが影響を受けない訳がないのだけれど、それを持っているからといって必ずしも魔法がかかったようにあなたがステキになれるわけではない

ということだ。

持ち物から影響は受ける。確実に受ける。けれどもそれは何らかの効果効能を保証するものではない。そして私たちの誤解の一番の問題点は、購入時に勝手に設定した効果効能があることを、物に対して過度に期待し責任転嫁してしまいがちなことにある。

ではどうしたらいいのか。

最も簡単な方法は、その物をしっかり使いこなしている未来の自分自身を簡単にイメージできるかどうか、である。
イメージ、というのは、妄想のことで、目を閉じてちょっと先の未来の自分がその物を使っている様子を具体的に思い描くことができるかどうかが重要なのだ。

もし、ありありと、たとえばそのちょっとお高い手帳をこんなふうに毎日使って、1年使い終えたわたしはこんな感じ、というのをイメージできるなら、きっと有意義に使っていけるだろう。
けれども漠然と「何となくいい感じかも」くらいのことだけなら、一度立ち止まるべきかもしれないのだ。本当に、それを使う未来の自分は、自分のなりたかった自分であるのかどうか。そして現実として、それができそうだと思えるくらい、瞬時に妄想を繰り広げられるのかどうか。

社会の消費戦略に踊らされずに、確実に「自分だけのステキ」を見つけていくには、結構トレーニングが必要なのだなと、最近よく思う。

今日も私は、うっかり喧伝に引っ張られそうになりながら、財布の紐を締め直す。

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MariKusu
温かいサポートに感謝いたします。身近な人に「一般的な考えではない」と言われても自分の心を信じられるようになりたくて書き続けている気がします。文章がお互いの前進する勇気になれば嬉しいです。

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