翼と自由とギブソンと③
「翼」という歌はおもしろい。歌詞やメロディがシンプルで深いのはもちろんだが、特にこの歌は不思議なリズムを持っている。4拍子なのに、なんだか3拍子の歌みたいに聞こえる。楽譜を見るまでは3拍子だと思っていたくらいだ。
かぜよ、くもよ、ひかりよ、ゆめを、はこぶ、つばさ、
三文字の言葉が連なっているせいかもしれない。ひかりよ、は四文字だけど、ひか、をひとまとめに歌うから三文字のリズムになっている。
言葉の3拍子のリズムと楽譜の4拍子がわたしの体の中でどうしても一緒にできない。うーん、なんだかな、拍子を数えていたら歌にならないし。それでいて、楽譜にはフレーズの終わりにフェルマータがついて、音を伸ばしてもいいことになっている。じゃ、4拍子じゃなくていいのかな。もしかして、武満さんも3拍子を感じていたのかな。
リハーサルをしながら大友さんに話してみたら「ハマダさんの好きなように歌っていいよ。伸ばしたかったら伸ばしてもいいし、歌いたくなったら歌い出せばいいし」と言ってくれた。その言葉を信じて、3と4の間、または3になったり4になったりしながら体の中のリズムに従って歌おうと思った。
本番収録の日の夕方NHKに着くと青葉市子さんがリハーサルをしていた。スケジュール表を見ると、ほとんどの人は収録を終えていて、市子さんのあとは七尾旅人さんでそのあとわたしで終了となる。朝からずっと収録していたんだな。大勢のスタッフも大友さんもお疲れだろうなあ。わたしのテイクは一発で決めようと心に誓った。あとで聞いたらほとんど全員がテイク2くらいで終わったようだった。
メイク室ではメイクさんが二人がかりで取り掛かってくれた。この方たちも、朝からずっと出演者みんなのメイクをしていたようで、わたしが最後だった。なんかすいません。お疲れ様。
まだまだ時間があったので、リハーサル用の別室で練習して待つ。七尾旅人さんの歌が終わると、スタッフの人たちが一斉にセットを片付け始めた。うぉー、セットチェンジかー。翼はどんなセットになるのかなと思って見ているとなんにもないスタジオにぽつんとピアノとギターが置いてあるのみ。セットというか、片付けただけなんじゃね?とマリノと言いながら楽屋でモニターを見ていたら大友さんが出てきた。
ギターのチューニングをしているようだ。あ、あのギターは!
「お父ちゃんのギブソンだ!」
使ってくれるんだな。大友さんの粋なはからいに涙が出た。いや、出そうになったけどひっこんだ。なぜなら・・・
マリノが先に号泣していたからだ。なんで君が泣くねん!笑
そして、とうとうわたしの番が来てスタジオに入ったらたくさんのスタッフがいてセットは真っ白になっていた。カメリハをしてサウンドチェックからいよいよ本番。
武満徹は「自由への査証(ビザ)」と言った。苦しい時こそ希望を多く持たなくてはとも言った。わたしには音楽があったからここまで生きて来れた。辛い時も悲しい時も音楽で乗り越えて来た。音楽はわたしの翼で、自由への査証でもあった。
大友さんのぷわーんというギターの音がスタジオに響いてわたしはゆっくり翼を広げた。(終わり)
追記:Eテレ「クラシック音楽館」〜大友良英presents 武満徹の”うた”〜の再放送が決定しました。たくさんのリクエストありがとうございました。再放送は2021年9月11日午後3時からです。
一週間に一度くらいの頻度で記事をアップできればと思っています。どうぞよろしくお願いします。