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松村正直歌集『駅へ』新装版

2001年に刊行された、著者第一歌集。このたび新装版が刊行されて、はじめて読んだ。

フリーターですと答えてしばらくの間相手の反応を見る

定職のない人に部屋は貸せないと言われて鮮やかすぎる新緑

フリーター仲間と語る「何歳になったら」という言葉の虚ろ

冒頭の一連「フリーター的」には、フリーターとして町を転々としながら働く作者の姿が描かれている。一首目、フリーターと告げることで、相手の自分を見る目や態度が変わるという経験を、たくさんしたのだろう。二首目、現実は厳しく、新緑の鮮やかさとは対照的な自分の存在がある。三首目、現実の厳しさの中で、フリーター仲間と語る将来は現実味がなくてたよりない。歌集全体をとおして、こうした人間関係や、出来事を通して描かれるつよい自意識が印象的で、

後ろから俺を照らすな煌々とヘッドライトで俺を照らすな

といった、まぶしいくらいに剝き出しの自意識を感じる歌も多くあるのだが、心ひかれたのは、情景の中にじわりと自意識が映し出されるような、こんな歌だ。

表からしか見たことのない家が続く やさしく拒絶しながら

夕焼けに腰かけて見る街並みの一つ一つがその場所にある

大雪のために遅れた列車から予定にはない海を見つめる

一首目、フリーターという肩書だけで拒絶されていく自分が、知らない家々の並ぶ光景に映し出されるよう。「やさしく拒絶」しているのは自分でもあり世の中でもある。二首目、街並みの中で、一つのビルや、木や、そうしたものが決まった場所にきちんとあることに、定まった場所を持たない自分が浮き彫りになるさみしさがある。三首目、「予定にはない海」が自分の生き方のようで、「遅れた列車」だからこそ、海を見つめる時間はどこかさみしい。

歌集後半では、相聞歌も多く出てくるのだが、心惹かれる歌がたくさんあった。

楽しげに電話と話す君といて食後のパフェはなかなか来ない

唇が優しく触れるストローの、ああストローの一方通行

君がまた壁の時計を見るように僕を見るから日は暮れていく

ゆうぐれに君は女の人なれば女の人のように手を振る

どれも、自分が取り残されたようなさみしさのある歌だ。一首目、「君」は電話に夢中で、頼んだパフェも来なくて、ぽつんと座る自分がいる。二首目、唇が官能的で、自分の気持ちばかりが一方通行にからめとられてしまうような不安がある。三首目、「壁の時計を見るように」に、君との遠さを感じる。四首目、これも「女の人のように」という言い方が距離感を出して、どこかさみしい。

歌集のおわりには、恋人との結婚や、自身の家族との関係がややドラマティックに描かれて、歌集全体として、フリーターとして各地を転々としていた青年が家族を作っていくという物語性が強く出ているのだが、それだけがこの歌集の魅力ではないだろう。たとえば結婚式のあとにもこんな歌がある。

アルバイトの時給わずかに上がりしを告げることなく電話切りたり

丁寧に問い詰められて口ごもる時に私はひどく私だ

将来を語る相手である「君」との電話で、それでも時給のことは告げずにおいたり、これからのことをいろいろと聞かれても、口ごもってしまう自分を自分らしく感じていて、やはりどこかさみしい自意識がうかがえる。自分をとりまく状況や、人間関係の中で、自分を真摯に見つめる一人の人間の姿が見えてくる歌集だと思った。

(野兎舎、2021年1月)

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