「三つ子の魂」(大川隆法「心の指針」より)
いつも記事に目をとめてくださり、本当にありがとうございます。
私の記事では、大川隆法先生の法話・著書の中から、おすすめの作品を紹介しています。
今回は、心の指針「三つ子の魂」をご紹介したいと思います!
大川隆法先生は、毎月、「心の指針」という詩を月刊誌に寄稿してくださっていたのですが、シンプルな言葉の中に深い味わいがあり、読むたびに心の気づきが得られる作品ばかりなんです。
皆さんにもぜひ、「心の指針」の世界を味わっていただきたく、時々ご紹介させていただいております。
それでは、今日も皆さんへ、感謝の気持ちを込めて、贈ります。
「三つ子の魂」
俗に、「三つ子の魂百まで」と言う。
幼少期に形成された性格は、
老年期になっても変わらないことを示す言葉だ。
私自身は、三歳児に出てくる魂の傾向は、
一生変わらないという、
魂の傾向性を意味していると、
考えている。
三歳児の自己の姿を、
はっきりと思い出すことは難しい。
ほめられたら、ほめられただけ、
逆に世間を恨む人もいる。
ほめられたら、ほめられた以上に、
世間にお返ししようとする人もいる。
叱られて育って、
単純に不良になる子もいる。
叱られて育ったので、
良い子になろうと努力する子もいる。
衣食住にも困ったので、
犯罪者になっても当然と考える子もいる。
自分は、結婚もせず、
五人の子供を次々に作っては、
全員、孤児院に放り込む人もいる。
『エミール』に理想の教育論を書いた、
哲学者ルソーがその一人である。
ルソーを勉強した学者が次々と左翼になるのを、
故・渡部昇一先生は不思議がっていた。
私には、その理由がよく分かる。
他人のせい、環境のせい、社会のせいにして、
自己責任を回避する人たちのことを、
共産主義・社会主義・左翼というのだ。
〈感想・気づき〉
今回の心の指針は、子育て論・教育哲学・政治思想にいたるまで、実に多岐に渡る論点を含んだ内容でした💦
僭越ながら、ポイントを整理しつつ、ご紹介していこうと思います。
・「三つ子の魂百まで」の本当の意味
「三つ子の魂百まで」:幼少期に形成された性格は、老年期になっても変わらない
という意味が一般的なようですが、大川隆法先生は、それをさらに宗教的に一歩踏み込んで、
「三歳児に出てくる魂の傾向は、一生変わらない」
という、”魂の傾向性”として理解してはどうか、と仰っています。
人は皆、天上界にいた一人前の魂が、母親の胎内に宿って生まれてくる存在だと教えていただいています。
つまり、3歳頃までに出てくる性格というのは、本人が持って生まれた性格であり、必ずしもこの世の特性だけの問題とは言い切れない、というのです。
たとえば、発明家エジソンは、ADHDの特性を持っていたと言われています。
もし、エジソンが現代に生まれかわってきたとしたら、どのような子になるのでしょうか。
おそらく、「多動性で落ち着きがないけれど、自分が興味を持てる一つのことに関しては抜群の集中力を持つ子」として生まれているかもしれません。
それはやはり、エジソンという魂が持っている個性だからだと言えます。
この考え方でいくと、自閉症や引きこもりなどの特性をもつお子さんは、元々山籠もりが好きなお坊さん気質、というだけかもしれません。
なぜこの子がそのような気質になったのか、この世の環境だけではまったく見当がつかない、と言う場合は、その子の持って生まれた個性や、過去世にまで遡って考える必要があります。
そして、子どもの数だけ、個性も様々です。
3歳頃ですでに、「人からしてもらったことを当たり前と思うタイプ」か、
「人からしてもらったことへの感謝を忘れず、お返しをしていこうと思うタイプ」かが分かれる、というのだから、厳しい話です。
必ずしも親の子育てや、環境のせいだけとは言えない、子ども本人の個性。
私たちは、それぞれの個性をよく見極め、一人ひとりの傾向性にあった導き方をしていく必要があるのではないでしょうか。
また、基本的には、人のせい、環境のせいにせず、与えられたことに感謝していく生き方が真っ当な生き方であると教わっています。
・ルソー哲学の問題点
ジャン・ジャック・ルソーは、フランスの哲学者。
『人間不平等起源論』などで有名です。
「人間の間の不平等は、「自然状態」の産物ではなく、「社会状態」の産物である。
自然法に従って、その社会的不平等は是正されなくてはならない。」
という主張の元に、『社会契約論』などを執筆していきました。
ルソーの哲学は教育界にも一定の影響力を持っています。
一見、もっともらしい哲学思想なのですが、そのルソーの私生活に問題あり、との指摘をされているのが大川隆法先生です。
経済力のなかったルソーは5人の子供をもうけながらも、全員を孤児院に入れていたそうです。
当時のパリでは年間三千人の捨て子が発生しており、社会問題化していたそうなのですが、ルソーもまた、その社会の悪しき慣習にならった一人でした。
もっとも、『エミール』という教育哲学に関する著書を執筆した時に、ルソーは自分の子育てを深く反省していたとのことです。
ただ、ルソー哲学を学んだ人々が、次々に不幸の理由を「人のせい・環境のせい」にする主張になっていくのであれば、やはり教育哲学としては問題があったのかもしれません。
口先だけの教育論を唱えても、実際には子供たちを全員孤児院に放り込んでいるような哲学者から出ている発信は、どうしても人のせい、環境のせいにする思いが強い、ということでしょうか。
・共産主義・社会主義・左翼の問題点
三つ子の魂に見る、本人の個性。
ルソーの教育観による問題点。
このような論点を含んだうえで、胸に刺さるのが次の言葉です。
政治的信条には様々な理由があると思います。
ただ一つ、忘れてはならないのは、
自分が不幸な理由を「他人のせい、環境のせい、社会のせい」にしている人たちは、決して本当の意味で幸福になることはできない、
ということ。
様々な例が出されていましたが、今回のポイントは、実はこの点につきるのかもしれません。
なぜここまで、「人のせい・環境のせいにするな」と言われ続けるのか。
それはやはり、大川隆法先生ご自身が、「人のせい・環境のせいにしない」という生き方を徹底されてきたからだと思います。
ご自身がそのような生き方だったからこそ、私たちにも説得力をもってそう言えるのでしょう。
僭越ながら私も、できるだけ「人のせい・環境のせいにしない」ということを心に決めて、あらゆることを乗り越えてきた方に当たると思います。
私の人生の中で理不尽に思えることが全くなかったと言えば嘘になります。
それでも、愚痴を言わずに、周りへの感謝の気持ちで生きていこう、と決めているからこそ、今の自分がいると思います。
日々、試されているようなことばかりの人生かもしれませんが、それをいかに明るく朗らかに乗り越えていくか。
そこに私自身の成長の鍵があるのかな、と思っています。
不幸を周りのせいにせず、毎日、一歩ずつでも前進し続ける自分を追求してまいります。
皆さんも、ぜひ一緒に頑張っていきましょう🥰✨
今回は少し難しい心の指針になってしまいました。
最後までご覧くださり、誠にありがとうございました🌷
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