逡巡のための風景11/旅は財産
眠れないのは少し久しぶりだ。何か書こうと思うのも久しぶり。
これは完全に愚痴だけれど、最近あったとある会議のはなし。思い返すとだんだん腹が立ってきてしまった。それは6カ国協議に喩えていうなら、日本・韓国・北朝鮮・中国・ロシアからひとりずつの参加に対してアメリカから20人参加しているような不公平な比率の顔ぶれだった。そのうえ英語で喋れという。いやいや、あんたら20人ふだんからその言葉しか喋ってないから想像さえできんのかも知らんけど、どんだけ無茶ぶりやねん!いうまでもなく日本では日本の、北朝鮮では北朝鮮の、ロシアではロシアの異なるロジックで社会は回っている。そのロジックをアメリカ流に当てはめながら英語で説明すること(の難しさおよび屈辱)はなかなかのものなのだ。
・・・と、こんなふうに言えば、アメリカとか英語とかに対して長年抱かされてきた諸々のイメージとともになんとなくわかった気がしてくれるだろうか?しかし私は今アメリカ批判をしているのではない。日本社会の津々浦々に群生する、異文化交流経験のない多くの人々のことを言っている。「異文化交流経験のない」というのは海外旅行をしたことがないとか外国人の友達がいないとかいうことを言っているのではない。自分のロジックが隣の他人に当てはまるとは限らないという、そんな当たり前のことに気づかない多くの人々のことを言っている。
そんな人がたくさんいるいっぽうで、そうでない、人それぞれのロジックを尊重してくれるような人も世の中にはたくさんたくさんいる。人それぞれの言葉で語り、人それぞれの方法で表現することを認めてくれるような。そんな人は日本社会の津々浦々に隠れていて、そんな人と出会うと私は胸躍り、生きる喜びをさえ感じる。そんな素敵な人たちにとって、病気や障害や見た目や国籍やまして職業や偏差値なんてものは何の問題にもならない。そして、あなただってわかるはず、「素敵か素敵じゃないか」は、あなたにだってわかるはずなんだ。
素敵な人は素敵だし、素敵じゃない人は素敵じゃない。たったそれだけのことだ。
だけれど素敵じゃない人が素敵じゃないのは、その人ひとりの落ち度とは限らない、ということも重要だ。私が私を肯定して生きてこられたのは、たくさんの出会いに恵まれたおかげだ。あの時あそこでああいう環境に巡り合っていなかったら、私は自分自身をアーティストだなどとは呼べなかっただろうし、精神病院以外に行く先がなかっただろう(私は精神疾患とか認知症の人と自分の間にあまり大きな違いを感じない)。
旅の体験は財産になる、と思う。それは思考の訓練、自分の知るロジックを遥かに超えてなお「なんかよくわからんけど素敵」もしくは「危険、とにかく逃げるべし」という嗅覚を養うことができるから。旅とは海外旅行のことではもちろんなく、すぐそこの路地裏のことや隣村のことや隣んちを知ることだ。ありとあらゆる他人の世界を垣間見ることだ。「大差ない」と思うかもしれないけどそうじゃない。でも、もしあなたが「大差ない」としか思えないなら確かに物理的な距離が解決してくれることもある、つまり有無を言わず遠くへ行くこと。
息子と毎晩「乗り物図鑑」を読みながら、すっかり遠くへ行きにくい世の中になったなと思う。息子が大人になる頃にはまた、いろんな乗り物に乗って遠いところへ行こうと思いやすい世界になっているだろうか?というか、今こうしている間にも遠くから遠くへ行き来している人たちは確かにいるのだから、遠くへ行けないと決め込んでいるのは私だけなのかもしれないけれど。
何はともあれ、旅で蓄えた(形のない)財産は、その人の血となり肉となる。どんなにステイホームと言われてもディスタンスと言われてもニューノーマルと言われても、その財産は形を変えて暮らしの中で活かすことができる。変化など怖くない。いつだって、未知の何かに出会ったならば自分の体験の中からあらゆるものを引っ張り出して翻訳に翻訳を重ねればいい。あとは出たとこ勝負で、なるようにしかならない。