見出し画像

(3)度胸足らず

2019年秋、十数年ぶりのひとり旅は、バックパックではなくスーツケースを引いて。 
エストニア・ラトビアをあるく旅の記録。
旅のエッセイがAmazonで発売中です。
一部試し読みとしてnoteで公開します。 
気に入っていただけたらぜひまるごと読んでください!

定額読み放題のKindle unlimitedでも読めます。
Kindle unlimitedには30日無料体験もあるのでぜひどうぞー。

画像1

 旧市街の路地にあった、琥珀のお店に入る。バルト海沿岸地域では琥珀が多く産出されるため、「アンバー・ショップ」と看板を掲げたお土産屋さんをよく見かける。

 ネックレスに、ピアスに、琥珀の葉が繁る木のオブジェ。鳥の羽根や古代の葉っぱ、気泡がふうじこめられた琥珀のかたまりも展示されている。

 お店全体が、秋の夕暮れのようなこがね色に染まっている。かつては樹脂だったものが、宝飾品となって、ショーケースの後ろから当てられたライトを透かして美しく光る。

 いったいいくらくらいするのか、見当もつかない大きな琥珀のかたまりにできるかぎり近づいて、中を覗き込んでいると、自分までとろりとした樹液のなかに閉じ込められてしまったような気持ちになる。つい先日文庫で読んだ、小川洋子の『琥珀のまたたき』の三きょうだいのことを想う。

 銀のフレームに支えられた、小ぶりの琥珀のリングが目にとまり、指にはめてみる。手の甲を明かるい方にかざして、琥珀の中にたまる光に見とれる。とてもきれいだけれど、普段の暮らしで使いこなす自信がない。買って帰ったはいいものの、せっかくこんなにきれいなのに、引き出しの隅に置かれたままになるのは可哀想だとも思う。

 澤地久枝の『愛しい旅がたみ』という本が好きだ。表紙絵は安野光雅というのもいい。旅先で手に入れ、大切に使っているモノを通して、旅や人生が語られる。一九八一年に飛行機事故で亡くなった向田邦子は著者の親しい友人で、この本の中でもたびたび彼女の名前が出てくる。

 旅先でアンティークショップを覗き、お眼鏡にかなうものを探し、友達のぶんも一緒に、と、きっぷよくまとめ買いする様子が読んでいて気持ちいい。しかもたいていが割れものときている。よいものを探し当てる眼も、自分の見立てを信じてまとまった金額を支払う度胸も、帰国まで壊さずに持ち帰る繊細さも何もない私には、ただただ羨ましいことである。

 琥珀の指輪も結局、そっと置いてあった場所に戻して、店を出る。厚みのある銀のリングの感触がまだ残っている右薬指の付け根を、親指の先でなぞりなぞり、のぼり坂をひとり歩く。

鞄を引いて知らない街へ(←Amazon商品ページへのリンクです)
【もくじ】
ことの発端
旅立ちの空港
機内食
車のなかで
列車の見えるホテル
マトリョーシカ
本屋の中にあるレストラン
度胸足らず
以心伝心
通してもらえない
ひとりのテーブル
旅の感懐
名前を知らない
あそこに行きたかった
ピスタチオ・フィーバー
朝のビュッフェ
パイプオルガンコンサート
ドミニコ会修道院
たどりつけない
いつもの道、いつもの一日
長い脚・短い脚
ラッパの郵便局
いわくつき
時差
バスから海が見たかった
旅の点描
ヘルシンキ空港の卓球台
教会の裏の黒い猫
旅の買い物
おしゃべり
最高のごはん
わすれもの
夜の乗りもの
めざして歩く
ことばをかわす
寂しさを手懐ける
ペール・ギュントのはなし
しあわせの箇条書き
おわりに
【著者について】
Marie
2006年より運営するブログ「Mandarin Note」(http://mandarinnote.com)では、Kindle・スマホなどガジェットを活用した英語・中国語学習法や、手帳術・タスク管理など、デジタルとアナログの両方を使って暮らしをマネジメントする方法を紹介している。バックパック1つでアジアやヨーロッパを旅した若き日の記憶が忘れられず、今もときどき子どもを引き連れ旅に出る。
『「箇条書き手帳」でうまくいく はじめてのバレットジャーナル』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『英語が身につくちいさなノート術』(KADOKAWA)、『超時短イングリッシュ 今すぐ始めるお手製学習法』(アルク)ほか著書多数。

この記事が参加している募集

一度は行きたいあの場所

読んでくださってありがとうございます!