【エッセイ】笑う「点」には福来る
♫チャンチャン チャラララ チャンチャンチャン♫
この1週間、私の鼻歌が止まらない。1枚のハガキが届いてから、ずっとこの調子。
それは年の瀬を感じ始めたころ、いつものように、演芸バラエティ番組『笑点』を観ていた。
するとテレビ画面いっぱいに、「公開収録のお知らせ」と出た。当たるはずがないと思いながら、ダメ元でハガキを書いて投函した。
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松の内がそろそろ明けるというころ、一枚のハガキが届いたのだ! 「『笑点』公開収録 参加応募 ご当選のお知らせ」と書いてある。思わず小躍りしてしまった!
こいつは春から縁起がいいわえ!
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1月14日、夫を伴って後楽園ホールへ向かった。ワクワクしながら会場へ入ると、目に飛び込んできたのは、お馴染み笑点のセット。舞台の上にしっかりと作られていた。
舞台のすぐ下に50席ほどのパイプ椅子が並んでいて、その後ろに大きなカメラや照明機材が何台も立ち並ぶ。その背後から階段席が続いていた。私たちの席は、この階段席の最前列。けっこう前で嬉しい。
このホールは1,400人収容できるそうだ。一つずつ空けて座るではなく、端から端までドンドン座っていく。このぶんだと1,000人は入りそうな勢い。
私の隣は50歳前後の男性。お母さんらしき人と話す声が聞こえてきた。
「2回分を収録するから、3時ぐらいまでかかると思うよ」
へぇー、そうなのか。
午後1時を回ると、舞台下に青い着物を着た男性が立った。カバンから眼鏡を取り出して確認する。笑点の出演者ではない。その男性はマイクを持ち、ゆっくり話し始めた。
「わたくし、三遊亭愛楽と申します。まず、携帯電話の電源をお切りください」
この人がいわゆる「前説」担当か。本番を始める前に、観客に注意事項を説明したり、笑いが起きやすいように会場の雰囲気を暖めたりする。若手の「腕試しの場」も兼ねていると聞いたことがある。
「では、拍手の練習をしましょう。彼は伊藤君(仮名)といいますが、皆さんに合図を出します」
伊藤君は丸めた台本を手に舞台の左下に立っていた。伊藤君が手を上げると、私たちは拍手を始め、グルグル回している間はずっと拍手を続け、手を下げると止める。
「皆さん、お上手です。もう少し練習します」
前説の愛楽さんにおだてられ、伊藤君との練習を5回ほど繰り返すうち、私たちはタイミングよく拍手できるようになった。始めはバラバラだった拍手が、まとまりのある音に聞こえてきた。妙な連帯感が生まれたように感じた時、あのテーマソングが鳴りだした。
♫チャンチャン チャラララ チャンチャンチャン♫
あっ、伊藤君の手が上がった。拍手をする。
次の瞬間、水色の着物を着た三遊亭小遊三が現れた。
ということは、舞台の左手、下手から座る順に登場するのだろう。
そうなると、次はゲストの番だが……、おっ、今日は立川志らく!
次はオレンジの林家たい平、思ったより小柄だ。
黄色の林家木久扇は足取り軽く歩いてきた、八十五歳には見えない。
サーモンピンクの三遊亭好楽は、ニコニコ顔で現れた。
黄緑の桂宮治が、少し緊張しているように見えたのは気のせいだろうか。
最後は司会の春風亭昇太が出てきて座布団に座ると、一同揃って頭を下げた。
赤い着物の座布団運びの山田隆夫が現れ、遅れて頭を下げる。
いつもの楽しい大喜利が始まった。私たちは笑い続けた。いつしか、伊藤君の存在を忘れて自然と拍手していた。家で観ているときよりも5割増しの面白さ。
最後に春風亭昇太が締める。
「来週もお楽しみに」
「カット!」
すぐに監督らしき男性が出てきて、舞台下から林家木久扇に何やら話している。マイクが林家木久扇の声を拾った。
「えっ、僕、五代目って言ったの?」
始めの挨拶のとき、言い間違えたらしい。隣の三遊亭好楽が大先輩のトチリをほほえましく見ている。今から撮り直しをするようだ。
スタッフが座布団を2枚減らして、裏へ持って行った。なるほど、始めの挨拶のときと同じ数にしなければ絵がつながらない。
「では撮り直します。本番、5、4、3……」
「林家木久扇です。1月21日から四代目桂三木助追善興行がございます。(中略)来てねっ!」
「カット! ありがとうございました」
テレビでは見られない光景をいろいろ目撃した。大喜利の合間、林家たい平が小道具を片付けるスタッフを手伝ったり、三遊亭小遊三と立川志らくが談笑していたり。どの出演者も楽しそうで、とても仲がよさそうだった。
この日、2回分を収録した。2時半、名残惜しく会場を後にした。
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1月22日と29日は、笑点の放送を食い入るように観た。当たり前だが、知っている内容ばかり。でも笑ってしまう。
春風亭昇太が何度も噛んで、立川志らくと桂宮治がいじるくだりは、テレビの中から大きな笑い声が聞こえてきた。私たちの笑い声だ。
そして、ここ! 春風亭昇太が言う。
「山田さ~ん、お客さんの椅子も取って~」
ここは、いまだに思い出し笑いしてしまう。
林家木久扇の例の挨拶は、切ってつないでいるなんて、全くわからなかった。85歳になってなお、あのように一線で活躍し続けている。身近で見て、「やっぱり、すごい!」と思った。
夫はというと、出演者たちの回答を一歩先にそらんじている。
そうなのだ。次にどんなことを言うか覚えている。それは不思議な感覚。まるで予言者にでもなったような、未来で放送を観てきたような……ちょっと大げさだな。あの日の観客の一人にすぎないだけだ。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました m(__)m あなたの大切な時間を私の記事を読むために使ってくださったこと、本当に嬉しく有難く思っています。 また読んでいただけるように書き続けたいと思います。