肉の脂肪の融点を意識せよ
肉とワインのペアリングを極める鍵は、肉の脂肪が持つ特性を理解することにあります。その中でも、「脂肪の融点」は、肉の味わいや食感、そしてそれに合わせるワイン選びを左右する、極めて重要な要素です。
今夜、わたしが体験した一皿と一杯は、この「融点」の魔法が生み出す至高のハーモニーを見事に表現していました。日本各地から厳選された霜降り肉とともに楽しんだのは、フランス・ボルドー右岸、サンテミリオン・グラン・クリュの「シャトー ムーラン ド・ラ グランジェール」。そのなかでも特に印象に残ったのが、山口県萩市の「長萩和牛」です。
料理長が語るその特性には、思わず耳を傾けてしまいました。
「通常、長萩和牛は月齢28ヶ月で出荷されますが、今回ご提供するこの黒毛和牛は、月齢36ヶ月で特別に仕上げられたものです。月齢が1ヵ月延びるごとに脂肪の融点が1度下がるといわれており、その結果、脂は驚くほど滑らかで、口の中でとろけるような食感を楽しめます。胃もたれせず、あっさりと召し上がれるのが特徴です」
この繊細な脂の甘みと滑らかな口どけには、メルロー主体の右岸ワインが最適です。「シャトー・ムーラン・ド・ラ・グランジェール」の熟した果実味、エレガントな酸味、そして柔らかなタンニンが霜降り肉の脂を優しく包み込み、互いの風味を見事に引き立てます。また、ブルゴーニュのピノ・ノワールのように、軽やかな酸味と赤い果実の香りを持つワインも、脂肪の融点が低い肉と美しい調和を見せるでしょう。
一方、脂肪の融点が高い肉の魅力も見逃せません。たとえば、熊本県のあか牛は赤身が中心で脂肪分が控えめ。噛むほどに肉本来の濃厚な旨味が口いっぱいに広がります。このような肉には、ボルドー左岸のカベルネ・ソーヴィニヨン主体のワインが理想的です。
左岸のカベルネは、豊富なタンニンとしっかりとした骨格を持ち、赤身肉の力強い風味を引き立てます。特にポイヤックやメドックのワインは、熟成によってカシスやブラックベリー、スパイスの香りが加わり、赤身肉とのペアリングで深い余韻を生み出します。
「肉とワインはペアリングの芸術」とよくいわれますが、その芸術を深める鍵は、まさに肉の脂肪の融点にあります。脂肪の融点が低い霜降り肉には、酸味と果実味が調和した右岸のメルローやピノ・ノワールを。脂肪の融点が高い赤身肉には、タンニンが豊かで力強い左岸のカベルネを。
次回のディナーでは、ぜひこの視点を取り入れてみてください。肉の特性とワインが織りなす至福のひとときが、これまで以上に楽しくなるはずです。