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今シンプルにもどる

究極を体験した末に辿り着く
「あってもいいし、なくてもいい」
そんな感覚。

あれほどこだわっていた
好きなもの

暮らしのなかで
お気に入りのもの

頑張って積み重ねた知識や
そのツール

人間関係
肩書き
結果
数字・・・

などなど。

それは一見、
あったら嬉しくて
沢山あると安心するかもしれない。

こだわりは
自分を夢中にさせてくれるし

形あるもので
心が満たされるときもある


思い返すと

無性に
ものを求めているとき
知識を求めているとき
誰かに憧れているとき

たいてい自分に不足感を
感じていました

まだまだ、
もっともっと、と

次々不足を埋めるように
モノやカタチ
完璧性にこだわっていた

でも、だからこそ
経験できたこともあり

苦手なことや
挫折の経験は
その反対の
得意に目を向けることを
教えてくれていました



今でも

そのときどきの出会いに
感謝の気持ちと
ご恩は忘れないし


頑張ったり
こだわり抜いた
その経験に
悔いはないと言えます



自分にあるもの
自分のこだわりは、

今この情報社会にいて

表現することで磨かれ
シェアする時代になりました


それは、
個人の歓びが元にあり、

見えない誰かと繋がって

全体の幸せを願ったり
共有し合うことで

助け合いの心や
豊かさを生み出しています


ただ、
その反面

人との比較が起こって

他人軸となり
自分を上げ下げすることも
ないとは言えず…



いつのまにか、身の回りが
新しい情報で溢れかえり

沢山のものを持ち過ぎたり

常にアップデートを求められ、

エネルギーを分散させ
自分を疲弊させてしまうことも
あります


カタチを残したい
完璧にしたい
持っていたい

そんなエゴちゃん。


けれど
「全ては変わりゆくもの」

この地上では
それらをまるごと体験して
味わい尽くす人生ですが


今、
星の巡り的にも

浄化・ゆるし
手放しのシーズンです


すべて
否定するものではなく

ピュアな自分に戻るという感覚✨


キチッとした形に
こだわらず、
難しく考え過ぎるのをやめ
本質に目を向ける

ただ、今あるものを
受けいれ、認め
思い込みを外していく


みなさんは
どうなのだろうか…


私は昨年秋ころから
徐々に徐々にですが

持つこと、
足し続けることをやめた
というか

良い意味で諦めました◡̈⃝︎

出来ない自分を受け入れ
必死に頑張ることをやめたら

(これが無ければ、という)
ものやツールに執着しなくなり


・出来なくなる
・関われなくなる
・そこには居れなくなる

といったことが
どんどん顕著になっていきました

それは
困ったことでも何でもなくて、
自分に嘘をつかず
本来の自分でいられる感覚。

(これまでは、無理に頑張ったり
人に合わせるということが
スタンダードだった)



すると、
出来ないことに対して
NOと言えたり

ご機嫌をとるでもなく
静かに距離を置くことで


こちらからむやみに
手放そうとしなくっても

今の自分に合わないものは
自然と離れていったのです

同時に、
今の自分に見合ったものへ
導かれているように
これまでとは違う情報が入ってきた




・なんとかしようとしない。

・不完全、まだまだだと思っている
 その自分(→そのままで完璧)
 で受け取る


いつでも今が完璧で、
今出来ることに心を尽くせば
それは同時に
誰かや何かの役に立っていて

それを充足だと
受け取れていることが大事だな、
と感じています




今、新たな始まりのための
終わりと調整を
体験しているとき。

望むゴールを決めれば、
すべては
ベストなタイミングでやってきます


不足ではなく、
今ある幸せに気づき

これがあっても無くても
しあわせ♡
そんなふうに
あるがままを受け入れることで

自分の中心に戻っていく
自分軸を太くしていく


今、そのための
浄化のシーズンでもあり

そうした準備として
取捨選択や決断を促されている
のですね




今日という日が
最高に幸せで
喜びに満たされますように💗











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