見出し画像

第2章-6 (#12) 世界線[小説]34年の距離感 - 別離編 -

 まるで何もなかったかのように日常は続いていく。あれ以来、朔玖さくの気持ちに触れることはなかった。わたしたちは、何も知らない、何も聞かない世界線にいる。いや、何も変わらない同じ世界線にいるふりをしている。

 朔玖に逢えることが嬉しくて。朔玖と話せたらもっと嬉しくて。学校に行きたくない。そう思う日があっても、朔玖に逢えるからがんばれる。朔玖に逢えるだけでエネルギーがチャージされていく。朔玖が好き。大好き。

 ねぇ。そのままの朔玖が好きだよ。
 わたしのこと、こんなにしあわせにしてくれるのに。
 どうして足りないと思うの?
 どうして欠けてると思うの?

 もっと成績上げなきゃって思ってるよね?
 お母さんの期待に応えなきゃって思ってるよね?
 野球部のレギュラー外されたから、お父さんに恥をかかせたって思ってるよね?

 朔玖はなんでもそつなくこなせる。
 勉強だってスポーツだって。歌も上手いし、絵のセンスもあるし。
 オール5じゃなきゃダメだなんて誰が決めたの?
 ふつうはオール4だって取れないよ。十分すごいんだよ。

 朔玖は朔玖のままでいい。
 そのままの朔玖が好きなんだよ。

 あれから変わったことといえば、朔玖が与えてくれるもので満たされる純真無垢な月桜るなから、朔玖を闇から救いたいと願う月桜になったことだ。

 月桜が月桜´(ダッシュ)になった世界線にシフトしたことを、すぐには気づかなかった。朔玖が朔玖´(ダッシュ)になった世界線にシフトしたことも、すぐには気づかなかった。

 タイムラグが追い付くまでの間、わたしたちは言葉が二重に聞こえていた。昇降口で逢ったときも。渡り廊下ですれ違ったときも。校門で友だちと帰るところを見かけたときも。

「おはよう(好き?)」
「おはよう(好きだよ)」

「よぉ(好きだよ)」
「よぉ(わたしも)」

「……(好きだよ)」
「……(好きだよ)」

 どんな言葉を交わしても「好き」と聞こえていた幸せな日々が、光の見えない長い長い暗闇の入口だったなんて、そのときは知るよしもなかった。

よろしければサポートお願いします。みなさんの応援が励みになります。