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第1章[小説]34年の距離感 - 別離編 -

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クラスメイトの朔玖に、触れてほしくないことを訊かれた月桜。誰にも見せたことのない怒りを朔玖にぶつけるも、そのとき不思議な感覚を体験する。朔玖は、月桜の噂の真相を知っているのだろう…
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第1章-1 (#1) キミってそんな子じゃないよね?[小説]34年の距離感 - 別離編 -

 『キミってそんな子じゃないよね?』  目の前にいる朔玖は何も言わなかった。  だけど確かに聴こえたんだよ。朔玖の声が。  「ごちそうさまでした」の挨拶と同時に、彼らは一斉に教室を飛び出していく。中学生にとって、昼休みは唯一自由を満喫できる時間だ。給食の配膳台を片付けているところに、校庭に急ぐ男子の群れから外れた朔玖が近づいてきた。 「長濱のことなんだけど……」  またかよ。これで何人目だよ。その名前はもう聞きたくない。どうせ朔玖も、あの噂を信じてるんでしょう。仲良く

第1章-2 (#2) 生意気なんだよ[小説]34年の距離感 - 別離編 -

 長濱くんは、小学生のころからスーパースターみたいな男の子だった。かっこよくて、背が高くて、頭も良くて、スポーツもできて、リーダーシップもあって。どんな場面でも輝いてみえる。とにかく華があった。  中学に入学すると、あっという間に長濱くんの噂は広まった。かっこいい1年生がいると、1年のフロアまでわざわざ彼を見に来る先輩女子もいたくらいだ。 「月桜ちゃん。長濱くんと付き合ってるの?」 「月桜ちゃん可愛いもん。彼の彼女だよね」  えっ? 誰? 知らない女子から突然話しかけ

第1章-3 (#3) 初恋が終わった瞬間[小説]34年の距離感 - 別離編 -

 その電話は、いつもの嫌がらせの先輩からじゃなかった。お決まりの「生意気なんだよ!」の方が、どんなによかったことか。 「もしもし。長濱だけど」  小学校卒業以来、3ヶ月ぶりに聞いた長濱くんの声は、遥か彼方に行ってしまった人みたいに遠く感じた。 「僕たち付き合ってるって噂されてるみたいだけど。どういうこと? 月桜が何か言ったの?」 「わたしじゃない。何も言ってない。わたしにもわからない」 「そうなんだ。わかった」  ガチャン。受話器を置いた音から、長濱くんの苛立ちと

第1章-4 (#4) 謝ってよ[小説]34年の距離感 - 別離編 -

 憂鬱を押し殺して笑顔を作る月曜日の朝。ガラっと開けた教室のドアの向こうには、昨日までとは違う世界線が広がっていた。 「おはよう。月桜。ねぇ知ってた? 長濱くんと6組の寿吏亜、付き合ってるんだって!」 「月桜が彼女じゃなかったんだね」 「ずっと隠してるのかと思ってた」  優等生の長濱くんとヤンキーの寿吏亜。恋の話が大好きな中学生たちは、新しい噂に簡単に飛びつく。その日の教室は、誰もが驚く異色カップルの話題で持ちきりだった。  寿吏亜は目がくりっとした愛らしい女の子だ

第1章-5 (#5) かわいいふりして[小説]34年の距離感 - 別離編 -

 あれからずっと後になって、噂の発端は和乃の軽はずみな発言が原因だったことを知った。 「長濱くん。かっこいいよね」 「知らないの? 長濱は月桜と付き合ってるんだよ」  わたしも長濱くんも和乃も、ひとクラスしかない小規模小学校の出身だった。クラス替えがなく、クラスメイトも変わらない小規模校ともなれば、6年間親密な時間を共有している。同小出身の和乃の話を、長濱ファンの女子たちは簡単に信じ込んでしまったようだ。  和乃はメガネが似合うインテリ女子で、恋愛にキャピキャピするよ

第1章-6 (#6) 月桜がいなかったら…[小説]34年の距離感 - 別離編 -

「長濱くんを取らないで」  幸冬の気迫に押され、わたしはそこに立ち竦んだ。昼間でも薄暗い裏山は、もうすっかり夕闇に飲まれ、嫉妬に揺らめく幸冬の輪郭を一層際立たせている。塾の近くには、山際に建設中の病院に続く工事車両が通る砂利道があった。わたしは幸冬に、その砂利道を少し入ったところに呼び出されていた。  幸冬はポケットにカッターを忍ばせているかもしれない。頬を切られる映像が、まるで映画の予告のように、まぶたの裏に映し出される。幸冬に何かされるんじゃないか? 怖くて体が動かな