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15.真夏の夜の不純異性交友罪#絶望カプ

「暑いぃぃぃ」

 都内、大小二十か所以上で夏祭りが催されるらしい今夜。
 当然警備の人手が足りるはずもなく、生活安全課の応援要請を請け、自分と進藤は地域祭りの警ら中であります。

 しかし、はっきり言って、このクソムシ暑い中、ネクタイはしてないけど、スーツなんですよ。上着も着てるんですよ。
 夏祭りにスーツの男二人組とか、もうヤのつく職業かケージですよ。
 お巡りさんの制服じゃないから、犯罪抑止の注意喚起の意味もないんですよ。ただの場違いで暑そうなオッサン二人なんですよ。
 ホント、警察官って大変なお仕事なんですよ、市井の皆さん。

 しかし! 犯罪を未然に防ぐことは警察官としてのうんぬんかんぬん……暑い。

 さっきから暑いしか言葉が出ない。

「センパァイ。的屋で一番何が好きですか。俺はりんご飴です」

「暑い」

「でも、りんご飴って食べると唇が口紅塗ったみたいになって、男が食べるとキモいんですよ」

「暑い」

「Tシャツ短パンで巡回させてくれたら、もちっとやる気出ますよねー」

「暑い」

「夏祭りのチューコーセーなんて、盗んだバイクで走り出すくらいでいいんですよ」

「暑い」

「ん?」

 脇の林の中の暗闇に、ブルーライトがちらっと見えた。
 進藤の目にも留まったらしい。
 かなり深い雑木林だ。
 警察官に、『勘がいい』ってのは絶対必要な素質だ。進藤にもそれはある。

「一発、仕事しときます? さすがにヤクの受け渡しとかではないですよね、こんな田舎で」

「でもまあ、まずは疑え、だからな」

「数は多くないっすね」

 例えば何人かでたむろしていたとして、さっき視認したおそらくスマホのブルーライトが一瞬、しかも一つだけと言うのはおかしい。カツアゲなら所持品を確認するためにも灯りがいる。

 俺は足を止めて、手で進藤を制した。

「行かないんすか」

「……あんま、事件性は無さそう、な気がする」
 
「まあ悲鳴らしき声もないし、抵抗の様子も伺えませんけどね。どうせ、馬に蹴られて死ぬ系のヤツでしょ」

 馬に蹴られて死ぬ系の事案とは、各都道府県が定める条例違反、つまり不純異性交友。

 身に覚えがある。すごーくある。

 俺は円と小さいころから近い存在ではあったが、結局、学生時代に付き合うということはなかった。
 なんだかんだ、タイミングが合わなかったのだと思う。思春期ゆえの思い込みや嫉妬、当てつけ、周りの目。あと、しょーもないプライドとか、まあもろもろそんなんで付き合うに到らなかった。円も子どもだったし。

 高二の夏、童貞卒業したやつも多くて、焦ってたところはあった。
 地元の夏祭りに、円はその時のクラスの奴ら何人かで来ていたようだった。俺も然り。
 しかし、次に見かけた時は男と二人で歩いていた。
 最初に円達の集団に出会した時から、円が浴衣を着ていたのが、なんかおもしろくなくて、それからイライラしてた。

 男が便所か何か買いに行ったのか知らんけど、円が一人になった隙に、俺は自分の友人たちから何も言わず離脱した。

「え? 黎? どうし……」

 有無を言わさず円の手を引いた。
 いつも、憎まれ口ばかりたたく円が、意味不明な俺の行動に何の文句も言わなくて、それをいいことに参道から外れた雑木林に引き込んで、キスしちまったんだよな。

 木の幹に、壁ドンみたいなことして、なんの言葉も雰囲気もクソもないキスだったけど、初めてだったし、躊躇いはあったから、唇くっつくまでの時間も長かったし、すげー遠かった。

 で、ブーブー、スマホがうるさいんですよね。突然行方不明になった俺を心配してくれてんのか、親切で優しいオトモダチ。
 気が散るから、ポケットから出して電源切るんですよ。

 さっきの光、ぜったいその一瞬のヤツ。最期の灯火。いや別にスマホ壊すわけじゃねーけど。

 強引に連れ込んだ勢いはどこへやら。円と視線を合わせられなくて、唇だけをガン見してた。妙に赤くて、化粧をしてたのかな。あ、りんご飴、食べたせいだったのかな。

 おずおずと近づいて、唇同士の接触というに似たキスを、円は受け入れてくれた。
 彼氏でもない、ただの幼馴染のキスを。

 一回しちゃえば、ニンゲンって本能でキスを知ってんだなと思った。
 わざわざ一旦離して、無言の間があって、別に何か確認したわけでもないのに、次のキスは最初から舌を入れてた。
 やり方を知るはずないのに体が知っていた。
 ヒトの味だった。今まで食べたどんなものとも違って、円の、円の口内にしかない味。
 舌の動きとかは、生きたタコの足のとか、元気なナマコの踊り食いとかで、同じ感触は味わえるかもだけど、円の匂いと円の味は本物の円にしかない。

 どれくらい、唇を貪っていただろう。
 こめかみを汗が流れているのを、意識の片隅に感じていた事は今も鮮明に覚えている。

 祭りの熱に浮かされてたよな。一種のドラッグみたいなもんか。いやいや薬物、ダメ、ゼッタイ!

 今ならもっと大切にできる。
 というより今ならもっと上手にできる。
 いや、テクニックとかそんなんじゃなくて、もっと円の気持ちとか存在とかを。
 って言いながらも俺は、大人になってもまた失敗してんだけど。

「あはは。先輩の百面相。ウケる」

 進藤の声に我にかえる。ヤベ、回想しすぎた。職務中なのに。

「……てか、何でお前かき氷とか食べてんの!?」

「張り込み中にパンとかかじる、アレと同じです。だって、先輩急にトリップしちゃうんですもん」

「え? あー……悪い、暑さにヤラれたっぽい」

「どーせ、先輩、アレの経験者なんでしょ?」

 かき氷のストロースプーンで、ひょいと林の中を指す。

「武士の情けですか?」

「ち、ちげーよ!」

 別に誰にも見つかってないし、補導もされてないし、そもそもその日はそこまでやってないし!
 でももし円がふつうの服だったら、やってたかもしれない。
 まあ、胸は揉んだ。

「ま、男子の青春の思い出なんて酸っぱいモンですよ。ヨッ、青少年! 避妊はしろよ!」 

 雑木林に向かって進藤が声を掛ける。
 歌舞伎の大向こうかよ!

「バカ! 行くぞ!」

 なぜか俺らが走って逃げた。

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