9.刑事だけどテンパリ罪 #絶望カプ
「おー、行った行った!」
子どもたちの飛ばした紙飛行機が、それぞれ放物線を描いて空を切る。球拾いならぬ紙飛行機拾い役の俺は、松葉杖を支えに芝生や植木に不時着したそれを拾って回る。
「やった! オレのが一番飛んだ!」
「エータ、その飛行機の折り方教えてよ。くるすさん、折り紙一枚ちょうだい」
「おう、マオ、何色にする?」
散歩道の脇にあるベンチで、腕を吊ったパジャマ姿の少年と車椅子の少女に囲まれていると、円が向こうに姿を現した。
「れいー?」
「おー、円」
「なにやってんのー?」
「リハビリのとこで、少年と仲良くなってさ」
「こんにちは」
近くにまでやって来た円が挨拶すると、少年エータと少女マオは急に声を小さくして「こんにちは」と頭を下げた。人懐っこい二人だと思っていたが恥ずかしがり屋なところもあるらしい。
「連れ出したりして大丈夫なの?」
「看護師さんにも親御さんにも許可取ったし、こいつらもエライんだ。決められた時間もちゃんと守るし、絶対無理とか無茶はしないもんな?」
エータとマオに向かって褒めるつもりで言ったのに、二人の興味はそこになかった。
「ねえねえ、くるすさんのカノジョなの?」
「うっわー! くるすさんのくせに彼女とかいんの!?」
「おい、お前ら……」
堂々と聞いてくるあたりがさすが子ども。無遠慮で残酷だ。口調と敬称がちぐはぐなところが憎らしくてかわいらしいけど、ごまかされねえぞ。
「なんだぁ? エータ、うらやましいのかな?」
「やらしーんだよ! エロくるす!」
「なんでエロいんだよ!」
「ねえ、くるすさんとケッコンするの?」
「んー? どうだろう? そうだねー、どうかなぁ」
「コイビトどうしなんでしょ? なんでケッコンしないの? コドモはできた?」
「え? うーん。子どもはいないよ……」
マオの質問攻めに円が困り笑いで答えている。おいおい、なんか変な汗が出てきたが、これしきのことにいまさら動じる俺らではない。
「キスしろ、キス!」
「ガキのくせに何言ってんだよ。キスか、キスだな? ようし、お前にしてやろう!」
エータの頭をがっちり挟みこむと、エータは「やめろー」と悲鳴をあげる。
ひとしきり冷やかされたあと、二人はけろりと忘れてドングリの実を拾い集める遊びに夢中になった。やれやれ。
「黎って子ども好きなんだね。知らなかった」
「姉ちゃんとこの子どもで慣れてんのかも」
「甥っ子ちゃんと姪っ子ちゃんだっけ?」
「そうそう、姪っ子はまだ赤ちゃんだけど。すんげえかわいいだよ」
「いいなぁ」
円は一人っ子だ。
「くるすさーん、お姉ちゃーん! エータがいっぱいとってくれたよー」
こちらに向かって収穫を報告するマオに手を振り返して応えた。ずいぶん過ごしやすくなった初秋の昼下がり。
「黎はすごくいいお父さんになれそう」
そう言った円の横顔は、思わず見惚れるような優しい顔で、エータとマオを見守っている。ふいにこっちを向いた。俺は慌てて何かを装おうとしたがそうする前に、
「パパにならないのがもったいないね」と重ねて笑った。
そろそろ戻らないといけない時間だ。
立ち上がろうとして、情けないことにバランスを崩して片方の松葉杖が手から離れて転がった。当然、よろめく。
「黎!」
咄嗟に円が俺の身体を支えてくれる。俺の片手も助けを求めて円の身体を抱く。
「びっ、くりしたー、大丈夫だった?」
「あ」
「え?」
「やば」
「え? どうしたの? 脚、変になったの?」
「えっと」
「痛いの? ちょっと、黎? 大丈夫?」
「いや、その」
ここは外だ。病院だ。公衆の面前だ。エータもマオもいる。
いるのに、頭が真っ白になった。
刑事が状況にテンパってどうするよ?
離れなければと思うのに円を抱いた腕が動かない。離せない。力がこもる。
円の匂い。円の厚み。円の熱。あ、午前中シャワーさせてもらっといてよかったー。入浴は二日に一回なのに、特別に連日計らってくれたあの看護師さんに感謝。
ゼロになった距離が、否が応でも俺にリアルな円を思い出させる。
俺を支えてくれていた松葉杖は足元に転がったまま。
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