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優しさの国、モロッコで暮らした2週間

モロッコには一度来たことがあったので、5日間程、マラケシュのみに滞在する予定だった。

結果的に2週間も滞在することになったのは、

想像以上のモロッコ人の優しさと自由さに、居心地が良くなってしまったからだった。

マラケシュで家に1週間程滞在させてもらったホストのウサマは、
夕方になると毎日、「マリ、どこにいる?」今からカフェに行くよ!
と、当たり前のように私を誘ってくれた。
着いていくと、モロッコ人が次々とやってきて
8人くらいで一つの小さなテーブルを囲んでおしゃべりをする。
ウサマ以外は誰も英語が喋れないので、
みんなアラビックでワイワイ世間話をしては、
たまに私に質問したり話しかけてくる。

ワルザザードという街で友達が出来たときも、

「大学時代の親友がカフェにいるから会いに行こう!」とこれまたモロッコ人の女の子3人グループに囲まれて、私はひとり、すごい勢いで繰り広げられるアラビックでのガールズトークをBGMにコーヒーを飲んでいた。

日本人だったら、一人ゲストがいたら、その人を囲んでいつも話に入れるように心がけるし

つまらなそうにしてないかな?とか気遣いをするのだろうけどこの人達は何も気にしないんだなぁ。

私は数時間の間、理解出来ないアラビックをひたすらに聞きながらそんな事を思っていたけど
それが何故か嬉しくて居心地が良かった。

気を遣われると、遣い返してしまうもの。

自分に全く気を遣わないこの人達を前にすると、私も、話したいときには翻訳機を使ってでも話すし、黙りたい時には静かに周りの様子を眺めていられる。眠くなった時には「帰るね」と言える。そんな自由な時間を過ごせたのが新鮮で楽しかった。

もう一つ、この国を離れたくなくならせたものは、モロッコ人との絆だった。

ウサマのルームメイトのヒシャムは
ある朝起きると、朝ごはん食べるよ!と
近くのレストランに連れていってくれた。

それからドライブするよ!と車に乗り込み、数人の友達を訪れて挨拶周りをした。

「今日はもう仕事が終わったから行きたいところがあれば連れて行くよ!」友達の一人が言い、オシャレなカフェに連れて行ってくれた。

ヒシャムに、ハマム(こっちの公共風呂兼サウナ)に行きたい!と話したら、「ハマムは色々道具を持っていくし、一人だと分からないと思うよ」と、女の子の友達を呼んでくれて、地元の人で溢れるハマムで見様見真似でアカスリをした。

マラケシュから車で5時間程のワルザザードという街に出掛けてくるとウサマに話したときは、泊まるところ決まってるのか?なかったら、友達がいるからそこに行くといいよと友達を紹介してくれた。その友達は、次の日、違う街に出掛けるから好きに家使っていいよと鍵を置いて出ていった。


カフェで出会った詩人のおじさんに絨毯が好きだと伝えると、娘さんを呼んでくれ、アトラスの山に住む家族のもとに連れて行って案内してもらうことになった。そこで出会った人たちは、みんなベルベル語しか喋れないのにとっても暖かく出迎えてくれて、次来たときにはベルベル人の結婚相手を見つけておくからね!と冗談をいいながら送り出してくれた。


もう、書き始めたらキリがないくらい

出会う人みんなが優しくて

2週間の滞在で、気付いたら、訪れたどの街にも大好きで頼れる友達が何人も出来ていた。

私もそんなモロッコ人の優しさに慣れて人に頼ることを覚え、

荷物が多いときに「迎えに来て!」と知り合ったばかりの友達に連絡したり

電話をかけた先の人がアラビックしか喋れなくて困ったときは、そこらんにいる人に躊躇いもなく話しかけ、英語喋れる?翻訳して!と電話を押し付けたり

大量の荷物を日本に送るときにウサマに2日掛けて梱包を手伝ってもらったり。

なんだか人に助けてもらうのが上手くなった気がする。

なんでこんなに、出会ったばかりの私の為に時間や労力を割いてくれるの?と戸惑ってしまうくらいだったけど

みんなにとっては、「やってあげている」という感覚が一切なく「友達を助けるのは当たり前」らしい。


短期間で受け取りすぎてしまった優しさを、

どう返していけばいいんだろうとプレッシャーにすら思う。

そして、大切な人が出来すぎたこの国が、日本からこんなにも遠いことを恨んだ。


しっかりゆっくり返していこう。

東京での忙しい日々に自分を見失いそうになったら、
たまに、あっついミントティーに砂糖をたくさん入れて飲んで
モロッコでの優しさに溢れた日々を思い返そう。

そんなことを思いながらモロッコを後にするのだった。

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