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ふるさとの高い空

 10年ぶりに帰ってきた。我がふるさと。

 小学校5年生に上がる年に、親の都合でいきなり引っ越すことになった。友だちに挨拶もできずに、この地を離れた。

 帰りたいなあ、友だちに会いたいなあと思いながら、帰ってくるきっかけがつかめなかった。ちょっと前に、同級生だった山下がネット上でつぶやいているのを発見。連絡を取り合って、会うことになった。

「コウちゃん」
 駅を出たところで声をかけられた。見ると、小柄で痩せた中学生か高校生くらいの男子がニコニコしながら立っていた。人懐こそうな笑顔で、すぐにわかった。それに俺のことを“コウちゃん”と呼ぶのは、ひとりしかいない。

「おう! 久しぶり!」

 俺も笑顔になったが、えーと、こいつの名前、なんていうんだっけ?

 俺より3つ下で、近所に住んでいた。身体が弱くて体育の授業はいつも見学。ちょこちょこ俺の後ろについてきて、弟のようにかわいがっていたっけ。

「コウちゃん、背は伸びたけど、変わってないね」
「そうか? あ、今から山下と会うんだけど、一緒に行く?」
 名前を思い出そうとしながら、言葉をつなげた。

「その前に、コウちゃんと一緒に行きたいところがあるんだ」


 時間かからないから、というので行くことにした。二人で歩く懐かしい川辺の道。頬をなでる風が、なめらかでやさしい。足元に敷き詰められた落ち葉を踏むたびに、カサカサと音がする。上を見ると、高い冬の空だった。

「コウちゃんがいなくなってから、夢をカプセルに入れて、木の根っこに埋めたんだ。一緒に掘りに行ってほしくて」
「へえ……。今、高校生?」
「ううん」
「え?」

「ここだよ!」
 小走りに向かっていった先に、太くて大きな木があった。根元から1mくらいのところで大きくゆがんで、空に伸びている。見覚えがあった。

「あー、この変な木、覚えてる」
 ふたりで木の下に立った。

「コウちゃんが“カックンの木”って名前をつけたんだよ」
「あー、ここがカックンって曲がってるからなー」
「そうそう、本当に曲がり方がカックンって感じだよね」

 おもしろそうにケラケラ笑っている。あんまりしあわせそうな笑顔なので、俺もつられて笑顔になった。

「この根元?」
 しゃがんで木の根元に手を伸ばすと、根っこに近いところの幹に、隙間があった。手を突っ込んでみると、何かが入っているのがわかった。つかんで外に出す。卵より少し大きいサイズのプラスチックの入れ物に紙が入っていた。これか!タイムカプセル!

「コウちゃん、いろいろありがとう」


 振り向こうとした瞬間に、違う方向から大きな声がした。
「コウスケ!」

 立ち上がって、声のほうを見る。「山下!」

 約束していた山下が走ってきた。10年前とはだいぶ変わった。小太りな子供だったのに、細長い理知的なメガネ青年になっていた。ネット上で見ていなかったら本人だと気づかないだろう。

「駅の近くで見かけたから声かけたのに、どんどん歩いて行っちゃうからさー」

 山下が近くまで走ってきた。息がはずんでいる。

「ごめんごめん、ちょっとつきあって欲しいって言われて」
 と指さしながら振り向いて、かたまった。――いない。

「え? 誰に? ここに?」
 不思議そうな声を出す山下と向き合う。
「あの、俺、誰と歩いてた?」
「誰とって……、ひとりだよ。コウスケ、ひとりで、ずんずん歩いて行っちゃって」

 駅からずっとひとりだった?

「山下、覚えてないか? 俺がここに住んでた頃、いつもうしろにくっついてきた3つ下の身体の弱い男の子」
「あー、うんうん、いたね。名前、なんていうんだっけ」
 山下が覚えていてくれたことが嬉しかった。
「そうそう、やたら愛嬌があってさ」
「あの子、死んじゃったよ」
「え?」

 一旦、ほころんだ心が強張った。

「コウスケが引っ越してしばらくしてから。姿見えなくなって、入院したって聞いた。その後、死んじゃったって聞いたよ。詳しくはわからないけど」
 山下は言いづらそうに、小さな早口で言った。

「知ってた? あの子、同学年の友だちがいなかったみたいだよ。学校も休みがちで、イジメもあったらしい。だから嬉しかったんだと思うよ。身体が大きくて、スポーツ得意で、明るいコウスケがいつもそばにいてくれたこと。コウスケは単に懐いてついてくるあの子をかわいがっていただけと思ってるかもしれないけど、コウスケが一緒にいたことで、あの子は守られてたんだよ」

 胸が苦しくなってきた。さっき見たはずの成長した彼の姿が、頭の中で揺らいでいる。

「みんな待ってるから行こうぜ。お好み焼き屋、予約したんだ」

 歩いていく山下のあとについて足を動かし始め、ふと握りしめたままのカプセルに気づいた。彼の“夢”が入っているカプセル。

 ねじると、ぱかんと音をたててカプセルは開いた。折られていた紙を広げてみる。つたない手書きの文字が並んでいた。

『コウちゃんに「ありがとう」をいいたい』

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