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新型コロナウィルス騒動を通して、17世紀の危機について考えてみる

新型コロナウィルスのパンデミックが始まり、早一年です。この騒動の先行きが見えない今、思い浮かべるのは、「17世紀の危機」についてです。


1.「17世紀の危機」とは

社会の活動が活発だった15世紀から16世紀にかけてのルネサンスの時代に対し、17世紀のヨーロッパを危機の時代ととらえるものです。ドイツ地方を舞台にした三十年戦争に代表される戦乱、気候の寒冷化による凶作と、それに伴う飢饉、ペストの流行、不況、それらの結果としての人口減少などに見舞われた時代です。社会不安から、魔女狩りも盛んに行われました。

魔女狩りについては、以下の記事をご覧ください。

寒冷化の原因は、太陽活動の停滞による小氷期です。どれぐらい寒かったかといえば、地球全体の平均気温がそれ以前より2度くらい下がったため、オランダの港や運河とかイギリスのテムズ川が凍るほど。食料が不足し、庶民は植物の根まで食べざるをえなかったそうです。ペストについては、以下の記事をご覧ください。

ちなみに、17世紀の危機がもたらした数少ない良いものの1つが、スパークリングワインの誕生です。あまりに寒いので、ワインの発酵が中途半端なまま止まってしまい、それを瓶詰めしてしまうと、春に暖かくなった時にまた発酵が始まり、炭酸ガスの力で瓶が割れる事故が起きていたそうです。その原因を調べたのが、シャンパーニュ地方のある修道院でワインの管理を任されていたドン・ペリニヨンという修道士でした。当時、発泡性のワインは失敗作とみなされたそうですが、次第に面白いということで需要が出てきて、シャンパンが誕生したとか。ちなみに現在は、シャンパンと呼んでいいのは、シャンパーニュ地方産のものだけです。一般名詞としては、スパークリングワインですからね。なおこの話は、『食べる 生命の教養学12』の「ワインにみるグローバリゼーション(山下範久)」に出ています。


2.李自成の乱

なお、ヨーロッパのみが寒冷化するわけはありません。ユーラシア大陸の東、つまり中国もまた、気候変動に見舞われています。夏の季節風の働きが低下し、乾燥化が進みました。その結果、ヒツジなどに食べさせる草が不足し、困った遊牧民が南下し、農耕民族から食料を略奪することも増えました。

それ以前から、明は北方からの騎馬遊牧民族の侵入と南の沿岸を荒らす倭寇の被害(これを北虜南倭という)に苦しみ、その対策に莫大なお金を使ってきました。ということは、民に重い税が課されたということです。かつ重機が存在しない当時、北で万里の長城を修築したり、南で倭寇対策のために城を築いたりする肉体労働を担ったのも、民でした。当然、民の不満は募ります。

そこを気候変動が襲いました。凶作に加え、蝗害(バッタが大発生し、作物を食い荒らすこと)も起き、農民たちは各地で反乱を起こします。それらの反乱をまとめたのが貧農出身の李自成で、1636年に、いわゆる「李自成の乱」が始まります。租税の全廃と土地所有の平等を主張し、1644年には都の北京を占領しました。崇禎帝の自殺により、明王朝は滅亡します。

もっとも、李自成が北京を占領したのはわずか42日間でした。東北地方にすでに存在していた清の軍隊と、それに協力した明の将軍呉三桂により、北京から追われます。自殺したとも、逃げる途中の山中で殺されたとも言われます。明智光秀みたいな人ですね。


3.おわりに

現在は17世紀と違い、むしろ温暖化が問題になっています。でも大きい意味での気候変動が起きているわけだし、ペストならぬ新型コロナウィルスが問題になっています。「17世紀の危機」をすでに経験した人類は、少なくとも同じ過ちを繰り返すことは許されません。先が見えない現在ですが、ストレスのはけ口として、「魔女狩り」をすることだけは避けたいものです。

なお、「われ思う、ゆえにわれあり」の言葉で有名なデカルトに代表される近代ヨーロッパの哲学や思想は、実はこの危機の時代に生まれています。コロナ禍の今も、人類がこの先良い方向に進むための思想や新たな技術が生まれることを願ってやみません。

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